忍者ブログ

絶望への共鳴 // ERROR

深層心理へのアクセス。結城七夜の日々。徒然日記。 裏; http:// lylyrosen. xxxxxxxx. jp/ frame/ water. html

[PR]

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

ALICE / drive ACT 4 1/2






1/2









 
 
 ……倒れている少女は、ベッドに投げられた。上から布団を被せ、そのまま寝かせる事にした。
 一方の、少女を連れて来た男は、冷蔵庫に入っている酒を取り出すと、缶を開けて中身を飲む。一息吐くと、上を見る。そこには天井しか存在していないが、確かに、その天井の向こう側には何か得体の知れない何かが居るのである。
 押さえつけるか、それとも押さえつけられるか……只、彼女が喩えあの男を服従したとしても、此処に、この倒れている少女が居る限り、確実に此方側に勝てる道理は無い。
 この契約は絶対だ。元々これは予定には無い出来事である、独断で男はこの少女と、上に居るだろう少女と契約をさせた。
 それが何時か気付かれた時、自分はどうなるか解らない。殺されるかも知れない。だがそれでも、男はそれを犯してしまった。もう後戻りの出来ない修羅の道。それでも進むしか無いのである。
 少女は眠っている。髪の色は未だ、金髪のままである。魔力の流れ、そして体の使い方を変えるだけで髪の色を一時的に金髪に見せている。実際は黒いのであろうが、魔力の流れがそうさせているのである。差し詰め、この少女の魔力の色は黄色に光沢を付けた様な感覚であろうか。
 飲み終えた酒の缶を投げて、ゴミ箱に入れる。それからもう一度、ベッドで寝息を立てている少女を眺めて、溜息を漏らす。
 先程調べた手の平には、何か黒い痣が表れていた。契約の証としてなのか、それとも元々少女の手の平には痣が存在していたのか……それは定かでは無いが、兎に角、問題は無いであろう。痛みを訴えていた様な記憶は全く無い。
 寝息を立てている少女は何処までも無垢だ。どうしようもなく、普通の少女以上に無垢である。如何にしてこの様な状況になっているのか――そう言えば、この間、将軍の持っていた資料に、この少女に関しての報告書が紛れ込んでいた事を思い出す。
 今ならば、それを手に取る事が出来る。そして、他にも、この少女に関する事柄以外にも、庭園の根本……そして、他の事柄に関しても知る事が出来るであろう。
 ……最後にもう一度だけ、少女を一瞥して、部屋の扉に手を掛けた。廊下には、誰も居ない事が解っている。
 ギルバートは、黒いスーツの服を再びはおい、その場を後にする。
 
 ――扉が閉まった。そこを見計って少女は目を覚ました。
 あの人間が居ると色々と面倒だ。必要以上にリンの周りをうろつき、そして監視をしている。それにしては、此方側の事情や状況を知らない様であるが……まぁ良い、どちらにしろ、問題は無い。
 しかし、今少女にとって問題なのは、先程の人間と契約とやらをした瞬間に、リンの反応がほぼ零である。心に呼びかけても、全く反応が無い。舌打ちをして、男が用意したのであろう、新品のスーツに袖を通す。脱いだスーツはベッドの上に無造作に置いておいた。
 この場所に来る前に、兵装は一つも持って来なかった。それが今仇になっているのである、リンは兵装を持つ事を拒んだ。無論、少女は説得をしたが、全くそれを聞き入れて貰えず、リンはナイフを持たなかった。――無論、ナイフなどと云うものは飛行機に乗る前に没収されるであろうが……
 手を一度振って、冷蔵庫を発見すると直ぐにその扉を開いた。中に入っている生のソーセージを取り出し、そのまま口に運ぶと、置いてある缶の飲料水を開けて全て飲み干す。……この喉に引っ掛かる様な感覚、アルコールが含まれているらしい。だが今は全く問題ない。
 活動する為のエネルギーを取り込んだ少女は、再び心の中に居るリンに語り掛けるが、全く反応が無い。空腹の問題では無いらしい、では何か、もっと精神的なモノに異常があるらしい。
 舌打ちをして、部屋の出口を探す。こうなれば、あのふざけた女を探し出し、問いただす必要性がある。戦闘になれば確実に此方側が不利だが……この部屋には武器になりそうなものは無い。包丁は大き過ぎる。
 と、包丁の端に、フルーツナイフが存在している。これならばコンパクトで、しかも鞘つきである。安全且つ、隠せると云うメリットを備えている。
 良し、微笑しながら、それを懐のポケットに隠し持ち、部屋の扉を開けて、外に出る。廊下は人気が無い場所であり、そういえば、この階層には人が中々来ないと言っていた事を思い出す。それならば、包丁でも良かった、と後ろを振り返って扉を開けようとすると……開かない。つまりこの扉はオートロックなのである。
 乾いた音を響かせながら、脚を叩く。フルーツナイフを一回眺めてから、その場を後にする。あの女が居た場所は、確か、屋上の二階下の階に存在している無限書庫と呼ばれていた場所である。エレベーターのボタンを押して、到着を待つ。
 乾いた音が響いて、エレベーターの扉が開いた。乗り込もうと思い、視線を中にやると……
「おやおや――若しかして、二ノ宮凛さん……ですかね?」
 そこには、笑顔の優男が立っていた。いや、笑顔と云うが、実際はかなり青ざめており、少し腹を抱えている。腹痛でもしているのか。
 だが相手が敵対する意志があるとは思えない、そのままエレベーターの中に乗り込むと、二ノ宮リンの裏側である、二ノ宮凛は、エレベーターのボタンを最上階から二つ下の階に設定する。優男である、ニールは、最上階のロイヤルガーデンを設定していた。
 ――この男は、知っているのであろうか? エレベーターが動き始めた辺りで、その様な事を思った。あの無限書庫に存在している少女の事。あの夢崎と名乗った少女の存在と、その実体を知っているのであろうか?
 確かめる必要はある、が――如何せん、この男は食えない。深層心理の奥から、断片の映像から察するに、この男は隠し事が得意である。常に笑顔であり、表の自分は作り、裏側の本当の自らは決して見せない人間――それが一番厄介な人間であり、凛が尤も苦手とする人物である。
 何も言葉を掛けないまま、時刻だけが過ぎ、エレベーターが凛の目的としている場所に辿り着く。
 ……だが、降りない。扉が閉まりかけて、後ろのニールが〝開〟のボタンを押す。
「降りないんですか?」
 この様な時でも常に笑顔を絶やさない。これはもう、異常のレベルではないだろうか……
「――降りるよ」
 一瞥して、エレベーターを降りると、記憶を探り、先程の無限書庫を探す。後ろでは、エレベーターが閉まろうとしていた。
「……此処に、彼女は居ませんよ……」
 扉が閉まる瞬間に、ニールがその様に言う。刹那の内に振り返ったが、笑顔のままのニールが見えただけであった。そのまま扉が閉まり、上の数字が屋上で止まった。
 瞬間、凛は方向転換した。エレベーターを待っている暇は無い。隣に存在している非常階段の扉を開き、階段を上がって行く。
 あの男は、凛があの女を捜している事を知っていたのである。だと云うのに、そのまま行った。つまり黙って付いて来い、と言っているのか、それともこの件には関わるな、と云う事柄なのか……それは解らないが、兎に角先を急ぐ。
 一階目、そしてロイヤルガーデンへ向かう為の階段を上る。全力で走る為に、息は上がり、そして肺が圧迫される。それでも、その先に存在しているモノの為に、走り続ける。
 そうして辿り着いた。ロイヤルガーデンへ続くゲートを潜り、屋上へと出た。――風が吹いており、その先に、人が三人存在している。
 一人は、あの女。そして、もう一人は先程向かっていたニール。そして、もう一人があのマカロニ将軍。対峙したまま、黙っている。女の方は嗤っており、その目は人間では無いかの様に、妙な色をしている。
 この場で何が始まるのか……高鳴る心臓を押さえつけて、植木の前で立ち膝を付いた。息を吸って、呼吸を整える。上下する肩も押さえつけて、整った所で、再び立ち上がる。あの三人の会話だけでも聞いて置く必要がある。
 地面に体を這って、茂みの中に入る。このロイヤルガーデンには隠れる為の場所など幾らでもある。音を立てない様に、体を転がし、そして漸く会話が聞こえる様な場所まで辿り着いた。息を殺して、その会話を聞く事にする。
「……来たか、ニール」
「ええ……あの、薬をくれるって、言ってませんでしたっけ?」
「まぁその辺りは気にするな」
 ――一体何の話をしているのか。全く関係の無い話をしている。今聞きたいのは、その二人の目の前に存在している女についてだ。
 インフィニティ・コードや、契約、様々な事情を司る事柄を持つ少女。そして、自らのもう一つの人格を封印した人物。全く迷惑な話だ、それにより、リンが全く呼びかけに応えない。陰と陽、二つがあってこそ一つの人間なのであるが……このままでは、リンと凛のバランスが取れない。
 あの女は未だに嗤っているままである。随分と愉快に嗤っている、まるで道化の遊びでも見ているかの様に――
「ウサギはどこだ?」
 嗤っている女、夢崎アリスはそう問うた。
 ――ウサギ? 首を捻る。
「さぁ? 随分と前に消えてしまったな」
 将軍が言葉を放った。不鮮明な事柄が多過ぎる、消えた、そしてウサギ、他にも前の事柄。本当にこの人間達は何なのか。一体何を知っているのか。
 世の中には不鮮明な事柄が多い。それは、その世界と云う小さな枠の中で起こっている事柄が多いからである。人には解らないままの事も多い、そして、自らもこの庭園と云う組織については全く解らない。
 知らない事柄が多過ぎるのである。知れば知るだけ世界が広がり、妙な場面を眺める事もある。面倒な事柄に脚を入れてしまう事もある。今、直面しているのはその様な状況なのでは無いのだろうか?
 ――永遠の論舞曲が終結して一年以上が経過した。あの頃から、消えてしまった、死んだ人間も多い。だがそれでも、この永遠の論舞曲の事情、事柄を知る事が出来た。それは参加していた自ら達だけが知る物である。
 そしてそれは目の前の事もある。この女の事について部外者が知る事は無いのである。それを今知ろうとしている。
「――夢崎。事はギルから聞いているな?」
「ああ。……チェシャ猫退治だろう? お安い御用だ。アリスにしか出来ない事柄だからな」
「その為に封印解除をした訳ですからねェ。事が済んだら、また無限書庫に行って貰いますよ」
 ニールの言葉から察するに、夢崎アリスは、今回の言っていた死屍グリン・キャットを倒す為だけに呼び出された人物なのであろう。そして、何らかの事情により、アリスはこの無限書庫に閉じ込められており、事が済んだら再び封印をする、と云う事なのであろう。
 しかし、そこまで上手く行くものか? あの女からには、妙な気配を凛は感じていた。一筋縄では行かない――あの人物が今まで黙ってリミッターに掛かっていた理由が余り解かっていない。それをこれから探るべきであろう。
 ……次の問題は、この心の奥に存在している自らの事についてだ。だがこの状況下で飛び出せば、何が起こるか解らない。
 爪を噛んで、状況を見守っていたが、ふいにニールが此方側を向いて。
「居るんでしょう? 凛さん?」
 気付いていた。仕方ない、茂みから姿を現すと、三人と対峙する。……一同、何時もと変わらぬ雰囲気である――無論、夢崎アリスに関しては、凛は全く知らないが――。さて、一体如何したものか、このままの雰囲気だと、戦闘に入る様な感覚であるが――
 凛は人格がリンの時の、ギルバートの言葉を思い出す。それによれば、アリスを起こしたのは、とある死屍を殲滅させる為である。此処で戦闘を行なうなどと云う事は、逆にそれを倒す為の切り札を殺すと云う事である。それは先ず無いであろう。
 だが一方の対象にされているアリスは別である。アリスから見れば、この場に存在しているマカロニ将軍とニールは、自らの力を封印している要因である。此処で大人しく言う事を聞くよりは、始末して自由を手に入れた方が効率的である。もし、自身が同じ立場であるのなら、間違いなくそうする。
 暫し、この状況を眺める事にする。今、この場で動く事は得策では無い。時間を置いて、その様な結論に辿り着いた。
 何もしないと、傍観すると云う意思に気付いたのか、此方側を向いていた三人は再び顔を元の場所に戻して、会話を再開する。
「兎に角、私はチェシャ猫を倒す。――で? お前達は私に何をしてくれるんだ? 世の中はギブアンドテイクが常識だ、何か此方側にも貰おうか……」
 妥当な話だ、ニールは肯く。
「そうですねー。じゃあ、こうしましょう、暫らくの間、貴女の好きな料理でもコックに頼んで作って貰いましょうか」
 その様な提案を受け入れるとは思わないが、意外にもその提案に何も言わなかった。無言で微笑し続ける顔を眺め、そしてその事柄に対して何かを考えている様な素振りに見えたが……ふと、此方側を向く。
 視線を向けられている凛はその目に対して、同じ様な軽蔑を込めた視線で返したが、向こうは表情一つ変えない。先程までなら、嗤って返すこの視線を、少女は嗤わなかった。それが余計に、腹を立たせる事柄であったが、最後に一度だけ微笑すると、視線を逸らす。
「――良いだろう」
「交渉成立、ですね」
 微笑を見せているニールが手を挙げて、その様な事を宣言した。一方の将軍の方も、頷きながら、懐から紙切れを一枚取り出すと、少女に向かって投げた。……受け取った少女は、その紙切れを眺めて、微笑する。
「――良いだろう。私の力を貸してやる――」
 
 
 頭を抱えながら、ロイヤルガーデンを後にした。……どうなっている、それが率直な感想であった。
 魔力の流れを感知するマカロニ将軍であるが、先まで面と向かっていた夢崎アリス――彼女の魔力が、心なしか、当時の魔力に近付いて来ている様な感覚を覚えたのである。そんな事は、有り得ない事柄なのである。彼女がこの庭園の無限書庫に封印されている以上、契約者が居ない以上不可能な話なのである。
 しかし、現に魔力は相当数上がっていたと考えられる。で、無ければ説明が着かないのである。あの時、ロイヤルガーデンに向かっている時の魔力は、確実に、従来の、無限書庫に居る間のモノであった。確かに、嫌な予感は感じていたが……
 あの少女は、何者かと契約を交わして、能力を発揮するモノである。感覚的には、彼女には巨大な魔力を扱う術があるが、それを操る根本である魔力を大量には生成出来ないのである。故に、契約により、マスターから魔力を提供してもらい、本来の能力を発揮するのである。人間にも、魔力の限界が存在している、つまりある一定の場所まで魔力が来れば、それ以上は上へは行かないのである。そして、リミッターにより、彼女の上限は既に限界の筈なのである。
 後ろを振り向く――今の所、ロイヤルガーデンを動く気は無いのであろう、残って話があると言った二ノ宮凛があの場所には存在している。ニールは一足先にエレベーターで帰ったが、自らは最近の運動不足を解消する為に……そして、今の事柄を考える為に階段を下っているのである。
 現在、あの死屍を倒すまでは彼女を無限書庫に閉じ込めておく事は出来ない。ならば、無限書庫に行き、考えてみるのも良いかも知れない。それに、あの無限書庫に何かがあるのかも知れない。
 階段を降りた、無限書庫はロイヤルガーデンの二階下の階に存在しているモノである。丁度足を止めたのはその場所であった。
 場所は、階段を降りて向こう側に存在している。階段が端に存在しており、奥の方に巨大な扉が存在しており、それを開く事によって、そこに無限書庫が存在しているのである。無論、この無限書庫の扉も、通常の人間が下手に開けられない様に、様々な錬金を齧っている魔法仕いが、扉に幾つもの式を巡らせたセキュリティシステムとなっている。
 ギルバートが関わっていると云う事もあるが、それに頼らずとも、将軍はこの庭園の権力者の一人、エンペラーセブンである。開けようと思えば、開けられる。中を観覧すると云う事に、エンペラーセブンの人間が態々許可を貰う事は無い。
 だが、その様な扉を開ける、開錠する等と云う事をしなくても問題は無い様である。目の前の光景には、扉が開け放しになっている無限書庫が見えた。……此処が庭園に所属していても、一般の生徒、魔法仕いには入れない階で良かった、と、扉を擦りながら、そう溜息を漏らす。
 無用心な、一体誰がこのままにしておいたのか。いや、考える必要は無い、この無限書庫に入れるのは、先も考えた通り、エンペラーセブンか、許可を貰った一般の魔法仕いのみである。そして、その様な報告を今日は受けてはいない為に、恐らく、夢崎が出て来てそのまま開けたままにしたのであろう。
 中に入ると、相変わらず散らかっている。無限書庫に資料を探しに来る人間は、此処に閉じ込められている夢崎と会話を交わしながら資料を探さなければならないのである。しかも、この地面に散らかっている本の中にも資料が存在している可能性もあるのである、随分と面倒な場所になってしまったのである。
 それ以外は全く問題無い様に見えるが、矢張り考え過ぎであろうか? そもそも、契約など交わせる訳も無く、少しリミッターのギアスが緩くなっていると云う可能性もあるのである。落ちている本を拾い上げ、元の場所に一つずつ戻して行きながら、もう片方の手で顎を擦る。
 部屋が一通り整理し終えると、もう一度この空間を見渡す。上は暗闇が支配しており、文字通り、無限の本棚が存在している。――一流の魔法使いが張ったと言われる無限世界の結界。この中に本を閉じ込め、必要とあれば結界の情報にアクセスし、中から本を探すと云うシステム――良く考えたものである。
 結局何も無いまま、その場を後にする事にし、将軍は無限書庫を後にする。時刻は十八時を回ろうとしている。そろそろ夕食の時間帯である。
 先ずは、あそこに存在しているカレーライスを煮込むとしよう――エレベーターのパネルに触りながら、その様な事柄を考える。暫らくして、エレベーターの扉が開き中に入る。誰も居ない、当たり前だ、元々この上に居る人間は先まで居たロイヤルガーデンに居る人物のみであろう。話をまだしているのであろう、誰も居ないのはそれで肯ける。
 パネルの数値を押し、設定し終えると、鈍い、そして重い音を立てて、エレベーターが下へと動き出した。突き上げる様なこの感覚は、どうにも慣れない。昔はこの様なシステムなど存在していなかったのである。それに、戦争にも参加する前に終わってしまった為に、この様なモノに乗る機会などなかったのである。
 ……暫らくして、揺れが収まり、そして下から突き上げられる様な感覚も無くなった。辿り着いたのである。
 乾いた音が響き、扉が開くと、足を外に出す。歩いていた一般の魔法仕い達は、突然のエンペラーセブンの登場に目を見開き、其々耳打ちを始める人間や、他にも敬礼や、頭を下げる人間達と様々である。それに目をくれながらも、歩くべきは先程まで居たあの厨房である、そろそろ、ニール以外の人物も起き上がる頃合であろう。
 廊下を暫らく歩くと、厨房の扉が見えた――が、何かおかしい……そういえば出る時はあれ程漂っていた筈のカレーライスの匂いがしないのである。
 歩く速度を少し速める。そして厨房の扉を開くと……
「ぬぁっ!」
 思わず叫んでしまった。そこには、水でカレーを洗い流す自らの弟子と秘書が存在していたのである。心なしか、相当やつれている様であるが、その目付きはしっかりとしている。つまり、意識もあり、意図的にその様な事柄をしているのである。
 自らの、全ての知恵と知識を蓄えて作り出した新たなカレーが、まさか目の前で、全て水に流されるとは思っていなかったのである。カレーとは、一夜寝かせた後が美味いのである、それを、全て流されたとなれば、流石に頭を抱えざるを得なかった。
「……わ、私の……カレーが……」
 息を荒げてカレーを流す当の二人は、清々したのか、腰に手を当てて、項垂れている将軍を見下ろす。
「――以後、カレーライスは控えて下さい。それと、食事は全てわたしが用意しますので――それでは」
 そう言い残して、エリザベスは部屋を後にして行った。……しかし、今までカレーに耐えた彼女の意見にも、一理あるのである。良くも此処まで文句も言わずに食べたものである、そしてあの腹の強さにも感服させられる。
 一方の千裕は、腹を擦りながらも、何も言いたくなかったのか、自らの師である将軍の肩を一回叩いて、厨房を後にした。
 ――その後、将軍はそのまま十分以上、その場を動かなかったと云う――
 
 
 将軍とニールがその場を立ち去った後、その場には、凛とアリスだけが取り残された。アリスはビルの端の段差に腰を掛けて、足を遥か下が見渡せる向こう側に投げ出している。そして凛はその姿を黙って眺めていた。
 ……今までの話を要約すると、アリスは、将軍の手によって、死屍であるグリン・キャットを殲滅する為に一時的に封印を解かれたと言うのである。そして、此処からリンの知識を合わせると、その役目をギルバートが行い、意図に反して、ギルバートがアリスとリンを契約させた――と、云う訳になるのである。
 そしてその契約の事を話さなかったのである。無論、話せばどの様な事になるのか、大方予想は出来た。あの場で口にしたのであれば、庭園の魔法仕い――しかも片方はエンペラーセブンを――敵に回す事になっていたかも知れないのである。さすがの自らでも、それだけは避けたい。
 それにしても、厄介な展開になって来た。元々はこの庭園に留学すると云う、勉学の理由で留学して来たと云うのに……まさかこの様な事になるとは思わなかった。結局、一年前の永遠の論舞曲以降、自らには戦いの輪廻、因果の糸が複雑に絡み合っているのであろう。全く厄介だ。
 今、この事の原因は、目の前に存在している少女だと言うのであれば、この場でナイフを取り出して、殺す。違うのであれば、その人物を殺す。喩え強くとも、一対一ならまだ勝機はある。相手が複数であれば複数であるほど此方側には不利になる。
 そして平穏を返して貰う。戦闘を好む、凛にとっては苦痛であるが、主であるリンの望みがそこにあるのであれば、此処はそれを優先する。戦いになれば自らが出る、平和ならリンが出る。それが二人で一つの二人の、永遠の論舞曲が終わった後に取り交わした契約である。
 ナイフを取り出して突きつける、その光景を見た訳でも無いが、目の前の少女は、同じる事無く、その場に立ち上がった。……ロイヤルガーデンに吹き抜ける風が、二人の髪を靡かせる。それは、暫らくの静寂を、長いものと感じさせる。
 刹那――沈黙が破られた。アリスが、妙な嗤いをしたまま、此方側を向いたのである。
「マスターが下僕に刃を向けるのか?」
 それが第一声であった。全く、何が下僕だ、と吐き捨てる様に呟く。この妖美さを思わせる口調と声、それらは、一つずつが耳障りなのである。そして、この少女にコンタクトしてから消えたもう一人の自分の人格――それを取り戻す。
 空気が切れる、遮、と音を立てて、ナイフを振るうと、一直線に見つめた。危険因子を排除する。今の目的はそれのみ。
 一方のアリスは手を一つ、目の前に差し出しているだけである。……それが、戦闘前の構えなのであろうか――俄かに、信じ難いが、兎に角、この少女は自らが知らない何かを秘めているのである。
 アリス――その名前を手に入れた少女は、真の力をその身に宿す。契約によって成り立っている彼女の存在、そして力。契約が無ければ、全ての力を発揮出来ず、加えて、通常の魔法仕いにも引けをとる基本値の低さ……
 あの時、契約を勧めたのはあの男である。その結果、全ての力を解放したこの人物と、刃を交える結果になった。更に、自らの片割れを失う事になった。無論、本当に消滅したのかは解らないが、しかし、この少女との契約がトリガーになっている事は確かである。
 倒せば解るか? いや、確証は無い。やるだけである、能力など、その場で判別出来るほど簡単には出来ていないであろう。
 心臓の音が響く、目の前に敵が居て、そして戦闘を自らがする。命を削り合う古来より行なわれて来た殺し合いと云う儀式――それら全てが、凛を楽しませる。それが本来の気分、一年前のあの日の感覚だ。
 だが今はつまらない。寧ろ、感覚が先を行き過ぎて、逆にこの感情が緊張に走っているのである。この先に死が待っているのか、そしたらどうなるのか……恐怖、通常の人間が抱く筈のそれを、初めて抱いた。
 目付きだけ、その手が目の前に差し出されているだけで、相手は戦闘を行なう為のトリガーを引いている、激鉄を引いている。得体の知れない、そんな感覚が恐怖を呼び起こしているのである。今までの戦闘の枠に当てはまらないからこそ、自らの体は此処まで緊張しているのではないのだろうか? ――思考する。
 ……動きがある。アリスの手が、上に上がると……
「――っ、な……ッ」
 ……刹那、ロイヤルガーデンの色が、黒く塗り潰された。何も見えぬ、漆黒の闇に変貌し、そして瞬間の内に、その黒のキャンバスに、白いペンキが塗られたかの如く、白く変貌する。光に喩えられたのであろう、その白くなったキャンバスの上に、新たな世界が作られる。
 先ず、城が建てられた。無論、只の城ではない。瓦礫が回りに突き上げるかの如く鋭くなった瓦礫に塗れた、崩れ掛けの城が現れた。
 そうして、次の瞬間には、茨、そして枯れ掛けの薔薇が現れ、最後に、城の前に巨大な穴。その向こう側には――ワンダーランド。玩具が溢れ、そして川、王女、クロケー場……様々なモノが現れた。
 此処は、先程のロイヤルガーデンでは無い。だが、場所を移動した訳ではない。
 ――「平行結界」。
 それは、魔力によって宣言された世界に、世界のプログラムを書き換えるモノ。喩えるならば、世界を箱として、その中にもう一つ、「世界」と云う箱を作り出す……禁忌。無論、この様な離れ業を出来る様な魔法仕い等奇異であり、皆無に近い。それを、手を上に上げただけで、詠唱も無く作り出した……
 城の目の前の穴の中。そこにアリスは存在していた。熊のぬいぐるみの上で、足を組みながら、座っているのである。指を立てて、挑発するその姿は、不思議の国のアリスの、女王にでもなったつもりか……
「ようこそ――我がロイヤルガーデンへ。歓迎するぞ、道化」
 




               接続 ⇒ 2/2

拍手[0回]

PR

Comment

お名前
タイトル
E-MAIL
URL
コメント
パスワード

Trackback

この記事にトラックバックする

Copyright © 絶望への共鳴 // ERROR : All rights reserved

TemplateDesign by KARMA7

忍者ブログ [PR]

管理人限定

プロフィール

HN:
殺意の波動に目覚めた結城七夜
HP:
性別:
男性
自己紹介:
小説を執筆、漫画、アニメを見る事を趣味にしている者です。

購入予定宣伝

ひだまりたいま~

カウンター

最新コメント

[05/13 Backlinks]
[01/09 WIND]
[12/20 WIND]
[12/18 WIND]
[12/12 WIND]

最新トラックバック

バーコード

カレンダー

08 2024/09 10
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30

ブログ内検索

アクセス解析

アクセス解析

本棚