これはハヤテが歩んだもう一つの『IF』の物語―――の、執事編。
ヒナギクとその執事の勇姿を眺める為に、咲夜はドームの一番前の席を取った。先に行かせていた友人が場所を取っておいてくれたので、助かったと言えば助かった。代わりと言っては何だが、こちら側はジュースを手前でやっている露店で買ってきた。しかし、本当に祭り気分の校内だな、と呆れ半分だ。
アナウンスによると、最初の一回戦は、桂ヒナギクと、三千院ナギの戦いだと云う……
「……ナギのヤツ、本当に勝ち残ったんかいな……。卑怯な手を使ったんやないやろうな?」
隣でジュースを飲んでいる、日本服で長髪の少女に問い掛けると、さぁ? と返ってきた。さすがにそこまではわからないか……執事を失っている彼女が出場すると最初に言った時は鼻で笑ったが、勝ち上がっているところを視ると、本当に戦っているのかどうか謎だ。考えてしまうのは彼女の性格を考えると仕方のない事だ。
結局真相はわからなかったが、今、こうして彼女はアナウンスされて、エレベーターをのぼってフィールドまで姿を現した。
……この執事VS執事のルールでは、主も出る事になっている。しかも主がフィールドアウトしても敗北が決まってしまう。運動神経ゼロである三千院ナギがこの戦いを勝ち上がってきたのも、信じられない要因の一つだ。
一方の、ヒナギクとその執事のコンビネーションは、先の一回戦目を視て大方実力はわかっている。なかなかにバランスの良いコンビであり、一番の強みは、両方とも常人以上に戦えると云うところにある。元々のヒナギクの戦闘能力に加えて、あの執事の俊敏な動き。互いに臨機応変に動けて、対戦相手のタイプによって戦う相手を変える事の出来る柔軟性。
データだけを視ると、勝者はわかりきっている。片方だけが特化していても、これ以上の戦いは勝ち抜く事が出来ない。
無論、それすらも凌駕する腕前を持ち合わせている執事ならば話は別であるが…………視線を、現れた仮面を装着している謎の執事に向く。一応、どこかで視た事のあるような、ないような感覚がしたのだが、あまりにも違い過ぎる為に首を振るった。
周りの空気が糸を張ったように、緊張する―――戦いが始まるのだ。戦いの合図が出ればまた騒がしくなるのだろうが、鳴るまでの時間は静かだ。合図が聴こえなければ、始まるものも、始まらないからだ。
静寂がこの場を支配して三十秒で―――合図は響いて、人の歓声が爆発した。
■■■
エレベーターから出て、仮面の執事と髪を二つにまとめた懐かしい少女が目の前に立っている事を確認する。ハヤテは、少し顔を下にして、上目遣いで彼女らを眺める。
「一回戦目の相手がお前たちとはな、ヒナギク」
凛とした、良く通る声が響く。観客席には歓声に阻まれて聞こえないだろうが、この距離なら充分に聞き取る事が出来る。
「そうね。まさか、運動オンチのナギが、ここまで勝ち上がってくるなんて、予想外だったけどね」
「う、うるさい! 一言余計だぞっ!」
あはは、と笑っているヒナギクだが、心は既に目の前の戦いに信念しているように、背中を眺めているハヤテは思っていた。
視線を動かして、ヒナギクの背中から彼女へ、彼女から隣に居る男に動かす。刹那に凄まじい違和感と殺気―――まるで長年生きてきた老人が、達人が、発する殺気と穏やかさを合わせた何とも言えない違和感を放っているのだ。
体の作りはしっかりしている。盛り上がった腕の筋肉と、手袋をしていてもわかる手の大きさ。構えている体も一見自然に視えるが、何物にも動かされない、隙のない構えだと視受ける。いつ戦闘が始まったとしても十全の状態と反応で動ける完璧な構えがそこにはあった。
真似出来ないな……ハヤテは唾を飲む。自分も幼少期から体を鍛えてきたが、その領域まで達する事は出来なかった。十年同じ事を繰り返せば、繰り返した事柄に関しては『達意の領域』まで到達する事は出来る―――が、ハヤテが達意の領域まで達する事が出来たのは、体を鍛えると云う〝工程〟だけだ。〝結果〟に関しては達意の領域まで達する事は出来なかった。
…………さぁ、準備は出来た。あとは戦いが始まるゴングを待つだけ―――
空間が静まり返る―――目の前の男も無言で手をあげて、ナギを後ろに下がらせる。本当に、男は二人で自分たち二人を相手にするつもりなのである。腕に自信があるのか、何か作戦でもあるのかはわからないが、ハヤテが感じた感覚では、一人で勝つ事が出来るかどうか……謎だ、と云う結果を弾きだした。逆に二人で戦えば余裕で勝利する事が出来る、と、絶対の自信を心の中に持っていた。
張りつめた空気の中、始まりの音が鳴り響いた。
「視なくて良いの、氷室?」
「なぁに、彼の戦闘能力は大体理解しているつもりですよ……勝利は揺るがないと思っていますけどね」
ドームを出て、すぐそこに存在している花壇の隣―――ベンチに腰を掛けて『罪と罰』の文庫本に目を通している彼は、今現在戦いに挑んでいる彼の戦闘に興味はない、と言っているのである。次に戦うかも知れない相手の手の内を視なくとも、勝つ自信がある。それが彼の言い分だ。
それよりも……視線を別の方角に移すと、そこにはヘリが轟音を立てて、飛んでいた。
「アレは何なんだろうね……」
学校登校にヘリコプターを使う生徒も少なくはないが、上にあるのはそんな生徒が保有しているヘリコプターではなく、ここ、白皇学院の所有するヘリコプターなのだ。教師の殆どは今安全の為にドームの中に居るはずで、残っている教師も、白皇学院本館の教務室で待機しているはずなのであるが……
うるさくて本も静かに読めない。本を閉じて、立ちあがると隣で待機していた大河も立ち上がる。
「うるさいですからね。ドームの中に入るとしますか」
「うん! 僕、喉乾いちゃったよ!」
「僕もですよ……坊ちゃん」
最後にもう一度だけ上を見上げて、ドームの方へと歩を進める。
「……」
モニターを眺める少女は、フィールドで戦っている彼を、眺めつづける。
「―――ハヤテ」
静かに、呟いて……
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