これはハヤテが歩んだもう一つの『IF』の物語――の、執事編。
「お嬢ー、出てこーい……」
白皇の敷地を歩いている青年は、舌打ちをしながら、自らの主を探していた。随分前からかくれんぼをすると、高校生が本当にやる事か、と少し呆れていたのであるが、自分は別行動で好きな場所に行っても良いとの事で、暖かい学校内の中で、電車の時刻表を眺めていたのであるが……
つい先程、その自らの主の友人がやって来、何処を探しても見付からないと云う苦情を受けた為に、現在探している所である。――そもそも、自らのあの主は授業があると云うのにかくれんぼをすると言い出すのだから、矢張り問題児である。
頭を掻きながら探すのであるが、先程から全く見付からない。そもそも、この広大な敷地でかくれんぼとは……敷地制限を設けるべきである。
「……出てこないと今日のお嬢のパンツの色を言うぞー」
……何時もであればこれで出て来るのであるが、出てこない。つまりこの辺り一帯には存在していないと云う事になる。全く世話を焼かせる。我が儘プリンセス――とは、自らが着けた命名である。
しかし、真剣に考えると、この場所で殆ど隠れられそうな一帯の場所は探したのである。他の場所も、あの二人が探している――か、どうかは不明である――筈である。居ないと云う事はもう少し別の場所に存在していると云うのか……
首を回して、肩も回す。先程まで本を読んでいて下を向いていた事から首が痛いのである。
そんな中、首を回している途中で、上に存在している時計塔を視認した。そういえば、自らの主は生徒会に所属している人間であった。あそこの何処かに隠れていると云う可能性も存在しているのである。
他に探す場所も無いのである。歩を進める。
――少女、瀬川泉。
生徒会に所属している少女であり、ヒナギクと同い年の少女で、友人でもある存在である。その様な説明を、ハヤテは受けたのである。横では、泉が笑顔のままで、ハヤテが淹れた紅茶を啜っている。テーブルの上には、この部屋に存在していた菓子が置かれており、それを一つ摘んで口に運ぶ。
話によれば、矢張り、授業をサボってかくれんぼをしようと考えており、隠れる場所を探していた所、この場所を思いついたとの話である。
だが、恐らく、この泉の言っている事の本心は恐らく授業をサボる事にあったのだろう。全く、とヒナギクが呟く辺り、この少女は随分とその様な行動が目立つと窺える。
それにしても、ヒナギクの友人とは初めて見た。
「えへへー、よろしくねー」
笑顔で言う泉。この少女は笑顔が耐えない、ハヤテも釣られて微笑する。この白皇学院と云う場所は個性的な人間が多い。通っている訳ではないと云うのに、そう思ってしまう。
そんな考えをしている中、泉が再び口を開いた。
「それよりハヤ太君は、ヒナちゃんの執事さんなのかな?」
言われて回答に困る事になる。さて、如何答えるべきか……明日行なわれる執事vs執事の事を考えれば、此処ではYESと言うのが得策なのであるが、そうなると色々と面倒な事になる様な気がしてならなかったのである。
思わず、答えをヒナギクに求めてしまった。助けを求める視線を受けて、ヒナギクがフォローに入る。
「えーと……一応、ね。泉には言ってなかったけど、ハヤテ君は今事情があって私の家に居候になっていて……それで、今は一応、執事として働いてもらっているの」
それを言って良いのか……いや、それは自らが決める事ではないとハヤテは目を瞑る。言うか言わないか、委託をしたのは自らなのである。
話を聞いても、別段驚く事も無く、へぇ、と相槌を打つ。この少女には話しても良かった様である。
「って事は、ヒナちゃん明日の執事vs執事に出るんだねー」
「え、あ、うん。あの理事長の事だから、このまま私が降りて、好き勝手出来る事を楽しもうって云う魂胆だろうと思うから……」
そういえば、この隣に存在する少女自信も、何処かの資産家の令嬢なのである。執事の一人ぐらいは雇っていても不思議ではない。矢張り、この執事vs執事に参加するのであろうか? その様な心配事を、一人心の中で呟く。
刹那、この生徒会室の扉が開いた。来客を告げる音である。
「あ、居た」
扉のそこには、一人の男が存在していた。目付きは鋭く、執事服を着込んでいる男は、如何にも余り宜しくない連中の一人の様な印象を受ける。
「虎鉄くん、どうしたの?」
泉が言うと、その虎鉄と呼ばれた男は溜息を一つ吐いて、額に手を当てる。呆れている様な様子を受ける。
「どうしたもこうしたも、お嬢を探していたんだよ。――ったく、こんなただっ広い敷地の学院でかくれんぼなんてするなよなぁ、探すこっちの身にもなれ」
「にゃはは、ごめんごめんー」
本当に反省しているのか? 虎鉄は呟く。そして何度目か解らない溜息を吐いた後に、視線をその自らの主の隣に座っている少年に向ける。
「……誰だお前」
「え……えーと、ヒナギクさんの執事の、綾崎ハヤテです」
ふーん、と屈みながらハヤテを舐める様に見る。
「生徒会長の執事、ねぇ」
信じていない様な目である。確かに、元々自らは臨時の執事である為に、本業とは違いが明らかにあるのであるが、それでも、明日一日の為だけの執事とは言え、彼女に相応しい執事にならなければならないのである。
微笑をしながらも心で決意をしているハヤテを見て、虎鉄は鼻で一つ笑った後に、体を再び上に上げた。未だにその目付きと表情は変わっていない。
「お嬢、それよりも授業があるんだろ? 戻るぞ」
「え~……ねー、今日はサボろうよぉ……」
「――この前もそんな事を言ってただろうが。今日ぐらい行け」
「ぶーぶーっ! 虎鉄君のケチー、鉄道OTKー」
「うるさい」
そんな事を言いながらも、泉はじゃあねー、と残ったハヤテとヒナギクに手を振って、虎鉄と共に生徒会室を後にして行った。本当にあのまま授業に出るのかどうかは、ヒナギクは少し心配であったが、虎鉄が着いているから大丈夫であろう。あの青年は、見た目ながらかなり真面目な性格をしている――と、少なくともそう思っている。
そうして、再び生徒会室には二人だけとなってしまった。時計の針が時を刻む音だけがこの場に響く事一分、漸く重い腰を上げたのはヒナギクであった。
「そろそろ私も授業だから行くね。ハヤテ君は此処に居ても良いし、また敷地内を見て回ってても良いわよ。勿論、授業の邪魔はしないでね!」
「あ、はい」
手を振って、ヒナギクも行ってしまい、遂にこの場所に居るのは一人だけになってしまった。暫らくそのまま座って、明日の執事vs執事の事を考えていたのであるが、直ぐに止め、その場を立ち上がると同時に、一同が置いて行った紅茶の空のカップや、菓子が置かれていた皿を取り上げ、台所まで持って行く。
蛇口を捻り、水で軽く汚れを洗った後に、置かれているスポンジに洗剤を着けて、皿、カップを一つずつ丁寧に洗っていく。これら全てが、相当の価値がある高級品である。一つでも割れば――一体どれ程の金銭を必要とするのであろう? 考えたくも無かった。
……皿洗いは、そこまで使っていなかった為にそこまで時間も掛からなかった。一〇分もあれば、全ての皿を洗い終え、棚に戻す事が出来た。
そうして自らの手も洗った後に、一つ背伸びをする。この服装は矢張り動き辛い、執事服はスーツとほぼ同じである為に、それは仕方が無いのであるが、此処では自らはヒナギクの執事なのである。
――さて、と。ハヤテは腰に手を当てて部屋の一帯を眺めた。そしてもう一度だけ、この生徒会室から見る事が出来る窓の向こう側の景色に視線を移すと、そこには、急いで校舎の中に入って行く生徒達の姿が見えた。他にも、視線を移すとテニスコートでテニスをする者。グラウンドの一つであろうか……そこでサッカー、野球をする者、様々である。
「……学校、楽しそうだなぁ……」
――出来れば、再び学校に通いたいものである。あの頃は、苦しい生活ながらも、学校での友人との交流は矢張り、楽しかった。
そういえば、西沢歩はどうなったであろうか……手すりに肘を着き、顎を着きながらその様な事を考える。あの後、答えを有耶無耶にしてから相当の時間が経ったが、未だに自らの心の中では整理が付いていない。同じ学校に通っている時にあの様な事を言われていたら、どうなっている事か……苦笑する。
「――もう一度……」
「学校に通いたいか?」
……そこで、後ろから、よく通る少女の声が響いた。
その声を、何処かで聴いた様な――振り返ると、そこには、綺麗な髪色をした、髪を二つに纏めている何時かの少女が立っていた。
「久しぶりだな――えーと……なんだっけ?」
「あ、綾崎ハヤテです」
どうにも、今日は自分の名前を名乗る回数が多い日だ。再び苦笑しながら、目の前に存在している少女――三千院ナギと再会した。
</-to be continued-/>
この記事にトラックバックする