これは、ハヤテが歩んだもう一つの『IF』の物語――の、執事編。
……執事とは、常識を外れた力を持つ、主の為に自らの命までをも掛けるフォーマルな守護者である。実際、世間一般論にて、執事と呼ばれる者は、主の横について、身の回りの世話をする事がイメージとして浮かぶであろうが、それは全くの表向きの話である。
実際の執事とは、序論で述べたとおりのモノである。常識離れた力は、一体何処から現れるのか、それは不明であるが、少なくともこの執事と云う職業に就き、それなりの鍛錬を積む事が出来れば、その様な執事は誕生する。
――その様な、この世を逸脱した、最強の執事の事を、執事会では尊敬の意味を込めて、こう呼ぶ……『コンバットバトラー』と。
常に主の横に立ち、その壁となる。難攻不落のその能力。そして、立ち向かう人物は、喩え同じ執事だろうと、それを凌駕する。倒された執事はその人物を称え、そして尊敬の意味を込めて、コンバットバトラーとまた呼ぶ。……その名前は広がり、何時しか、全ての世界において、その最強の執事をコンバットバトラーと呼ばれる様になる――
そして、この杉並区に存在している、世界有数の名門である、白皇学院にも、コンバットバトラーと呼ばれる人間は存在している。凄まじい力と実力を誇り、そして、自らの主を守る盾となるその存在。一体何人存在しているかも不明、そして、その力を全て垣間見た人間もゼロである。
しかし、確実に存在しており、その存在は執事の間で、一体誰がコンバットバトラーかと語り次がれる、一種の執事の間だけの、都市伝説となっていた。
この学院に存在している優秀な執事は、皆が皆、確かな実力を誇っている。中には、海外留学を繰り返し、相当の鍛錬を積んだ執事。他にも、産まれながらにその才能を持っている先天的な執事。どれも、一般常識では証明の仕様が無い実力なのである。
一人、執事ではない人物がそこに存在している。確かに、資産家であるが、執事を雇うだけの金銭は無い、そんな家庭である。……その人物の家の庭に、小さな小屋がある。そこに居候している少年は、普通では考えられない実力と身体能力を誇っている人物である。
執事の才能、それがあるといわれている。執事とは、なろうと思ってなるのであれば、相当の鍛錬が必要なのである。執事たる実力、執事たる振る舞い、執事たる能力――全てが、揃っている。何時の日か、その忘却しそうなほど昔にある記憶に……そこに存在しているその出来事が、彼の力を引き出すのである。
眠っている力を呼び覚ますそれは、人の全てを引き出す。あとはその人間の鍛錬次第である。鍛錬し、その全てを引き出す為の、引き出し。体を誰よりも強く、上手く使う為の、潜在能力を、脳内から引き出す。その扉を開く為の鍵を、最初から埋め込まれている彼は、この数十年の鍛錬の中で、それを開こうとしていたのである。
――此の世で尤も偉大な神の名前を持つモノ――
実際には、その神の娘だと云う事を、少年は後から知った。……が、彼に取って、彼女の名前はそれでよかった。此の世で尤も偉大な神の名前を持つ少女――彼女がした事は、その過程こそは、既に有耶無耶な、閉まりかけの扉の向こう側に存在して居るモノであるが、それでも、その結末は忘れる事も無く、焼きついている。
罅割れた記憶を、今一つずつ拾い集めている。壊れた事実を、関係を、一つずつ、修復するかの様に……
――しつじ――
その言葉が今、「執事」を意味している事。
誰よりも主の傍に居る、それは即ち、彼の心境においては、守るべき大切な存在を守ると云う特別な地位。執事とは、その様なものだと考えていたのである。拭い去れない、罪の意識の中で、それだけは、今、守っている。
全ての約束を守れなくとも、それだけは守るのである。
■■■
朝日が少年の目に届いて、起き上がる。
何か……嫌な夢を見た様な気がした。今思い出す時ではない、そんな記憶を再び抉じ開けられた様である。……少し、執事と云う言葉に対して、敏感になり過ぎているのであろう。どうしようもない。
この一週間、ずっとその執事と云うモノが、昔の感覚と重なっていたのであるが、今は何とかそれを忘れる事が出来た。そもそも、少年は、この家に存在している少女の執事では無い。只の居候の少年なのである。
起き上がり、何時もの服に袖を通す。流石にこの季節にアンダーシャツ一枚は駄目だ、と云う事で、つい先日、新しい上に掛ける服を買って貰ったのである。感覚は、スーツの様な……俗に云うジャケットの様なモノである。加えて、ズボンも数枚購入してもらい、今では毎日綺麗な服装に身を包む事が出来ていた。
少年自身、本当にこれが居候、そして命を救ってもらった人間が受ける事であろうか、と心配になっていたのであるが、どうやらギブアンドテイクと云う事になっている。矢張り、去年の暮れの事をまだ言っているのであろう。
部屋の扉を開けると、そとは寒い。……まだ一月、相当寒いのである。つい先日まで、アンダーシャツ一枚で過ごしていた自らが信じられない程である。口を開けば、その口内の温度で白い息が宙を舞う。
今日もまた、自らの命を救ってくれた少女は学校である。一週間前の様に、弁当を渡しそびれない様にしなければならない。暖房の効いた部屋に入り、そして朝食の準備をしようとしたのであるが……
「困ったわねー」
「本当に」
……何やら問題発生の様である。なんであろうか、少年はこの身に何かが起こる様な気がしてならなかったのである。
が、問わない限りは全く話が進まなそうである。
「……どうしたんですか?」
頭を掻きながら、微笑を浮かべて少年は問うた。
「あらハヤテ君、おはよう。
――実はねぇ、ヒナちゃんに大ピンチが訪れたのー」
「は、はぁ」
少年、綾崎ハヤテは、その目の前に存在している自らの命を救ってくれた少女の義理の母親に、事の次第を聞く事になる。
「――実はねー……このままだと、ヒナちゃんが生徒会長じゃなくなっちゃうかも知れないのよー」
――今回のも、何か嫌な展開になりそうである。
< /-to be continued-/ >
この記事にトラックバックする