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絶望への共鳴 // ERROR

深層心理へのアクセス。結城七夜の日々。徒然日記。 裏; http:// lylyrosen. xxxxxxxx. jp/ frame/ water. html

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ALICE / drive ACT 3




1/1










 
 
 目の前の暗闇空間に、立っている夢崎は、何か、妙な笑いをしながら、リンを眺めている。その姿は恐怖であり、一方で何か妙な感覚を受けたのである。……まさに、不思議の国のアリスで、主人公のアリスが、「うさぎの穴」に飛び込んだ時の、好奇心と不安の入り混じった様な感覚である。
 乾いた音を響かせながら、脚の鎖を引き摺り、リンから少し離れると、一つ、「WORLD」と書かれた本を取る。
 ――その取ると云う行為が、普通ならば体を下げて、手で取り上げると云うモノなのであるのだが、彼女は違った。彼女は、その本を見るだけで、勝手に本が宙を浮き、夢崎の目の前に現れるのである。そして、ページが勝手に捲られる。
「――インフィニティ・コード――」
 徐に、隣に立っているギルバートが呟いた。
「いんふぃにてー……こーど……?」
 それを復唱するリン。
「ああ。
 コイツが持つ能力――インフィニティ・コード。世界中に存在している、『存在のEX(■)XR』を見つけ出し、そこから情報を取り出す。つまり、世界へと繋がる綻びを見つけて無限の知識を得る……それがインフィニティ・コード――無限の暗号だ。
 無論、存在のEX(■)XRは不鮮明な、バーコードの様なものだ。それを一つずつ、リーダーの様に、解読していく。それがコイツには出来るんだよ。他にも、手に入れた知識を自由に動かしたり、それを行使したり……コイツには、無限の知識と、能力がある様なものだ。
 ――ま、今の時点じゃリミッターのせいで人並み以下だけどな、只、インフィニティ・コードの一部を行使出来るに過ぎない」
 ――存在のEX(■)XR……それが何を意味するのかは良く解らない。だが一つだけ解るのは、この目の前に存在している少女は、人並み外れた能力と、実力を誇っていると云う訳である。
 しかし、何故ギルバートはこの場所に、この夢崎と呼ばれる人物に、自らを会わせたのか、そして連れてこられたのか……一人で……
 目の前の少女は直ぐに本を閉じ、手に持つと、再び此方側を眺める。その、透き通っている目は、無垢な少女を思わせるが――実際はどうなのかは理解出来ない。底知れない何かを秘めているかの様に、思われる。それ以外は何も見つけられないのである。
 と、突然隣でそのまま立っていたギルバートが、何時の間にか持っていた巨大スーツケースの中から黒いドレスを取り出すと、少女に向かって投げた。受け取った少女は、一つ、笑みを作って、その場で着替え始める。
 ギルバートはそのまま後ろを向いて居る。一方のリンは、その光景を眺めていた。……しかし、奇怪な着替え方である。下着から何まで、一気に脱いで行くのである。そしてまるで子供か何かの様に、頭から一気に被り、袖が何処にあるかが解らなくなっているのであろう、色々と動いている。数分経って、漸く其の場所を見つけたのか、袖を通した。
 ドレスに着替え終わった少女は、もう一度笑みを浮かべて、もう良いぞ、と言葉を掛ける。それを見計って、後ろを向いていた本人が、振り返り、面と向き合う。
 少女は踏ん反り返り、本の中で脚を組むと、二人を交互に見て、口を開く。
「それで――? 何の為に来た、ギル。オマエが何も用事無しに此処に来る筈が無いからな……何をさせるつもりだ? ええ?」
 ――この二人には何か因縁の様なモノを感じる一言であった。だが今回は深く追求しない事にした。何故か、その方が良い様な気がしたからである。何時もであれば、そのまま訊いてしまう所であるが、今回は堪えた。
 そうして、夢崎の言葉に対して、ギルバートは顔色一つ変えずに、その問いに対する答えを返す。
「オマエの力を借りに着ただけだ、夢崎。今回現れた死徒が、グリン・キャットでな、将軍はオマエを指名しているんだよ」
「それはそれは……将軍サマは、自らの可愛い坊ちゃんは使わないのかねぇ――」
「……知っているだろーが、グリン・キャットと、俺の相性は滅茶苦茶悪い。相性の良い千裕に関しては俺の魔法石の扉を破壊しようと魔力の使い過ぎで、もう駄目なんだよ。
 ニールも、エリザベスも無理だ。だからオマエの力を借りに来た……それだけだ」
 ふぅん、と興味無さそうに、他の本を開く。交渉は決裂したかの様に思われたのであるが……
「いいよ」
 その一言が返って来た。本を閉じて、視線を別の方向に向ける。
「それで? なんでその女を連れて来たんだ?」
 漸く、本題に入った。
 そうだ、何故自らが連れて来られたのか、それが一番気になる事である。それを知る為だけに、今自らは余計な口を挟まずに、静かにそれが語られる時を待っていたのである。――新たな友人の誘いを強制的に断わられ、そのまま居残りと称してこの様な場所に連れて来られて、この少女と邂逅した。
 ……この出会いは必然か、それとも偶然か……それが知りたいのである。
 世界には、二つの要素が存在している。それは、必然と偶然。此の世に存在する、人間の曖昧さ、科学で決定付けられない人間が用意した逃げの言葉――それが必然と偶然。
 だが、それは世界の定義とされ、統計学上の、数十万分……いや、数億、数兆と続く、兎に角、それ分の一の確立で行なわれる事柄を指す様になったのである。
 そのまるで星が定めた事柄の様なモノ――それにて仕掛けられていた邂逅か、それとも、人の意志が齎した必然なのか……それは、誰にも解らないのであるが、時に、人はそれを知ろうとしている。
 それが派生して、占いなどのモノに発展したのであろう。中国、そしてそれは現在全世界に存在している事柄となっている。
 夢崎の問いに、ギルバートがリンの頭に手を乗せて答えた。
「……今日から、リン、オマエがコイツのマスターだ」
 ――そして、何か信じられない事を宣言した。
 
          ◇
 
 嘗て、此の世を統括した最古の王が存在していた。まだ、この世界が――いや、セカイが一つだった頃、分岐もせず、何一つ変わらぬ、事柄が一つだった頃、全ての平行世界の原点となる世界が存在していた。
 現在で云う『真世界』と呼ばれる世界。その世界を統括する王は、一つ、セカイの全てを統括している自らに飽きた為に、神と呼ばれる存在へと昇華を遂げ様とした。無論、結果は失敗に終わった。結果として、その男は、王ではなく、神に従え、世界と云う概念を守る「頂天」となった。
 だがそこは真の世界。此の世に存在する平行世界の全てを統べる、原点。セカイに唯一通じる世界である真世界。その頂天になったと云う事は即ち、事実上、このセカイの全てを手に入れた同然である。
 ……それから男は、様々な平行世界に渡った。自らの世界がどの様な結果を歩んだかは解らないが、兎に角、今は自らの楽しみを知りたかった。今まで、人を導く事だけをして来た男である、自分の楽しみを知った事は無かったのである。
 何一つ感情の無い世界で、何一つ、解らない。そんな彼が始めて手にした自由と冒険――それは男の心を擽った。冒険の途中で様々な人間と出会い、この世界の全てを知る事になる。セカイの王である彼にとって、その分岐の世界の概要と概念、そして記憶を知る事、全てを知る事は容易かったのである。解らない事柄は一つ、自らの世界だけである。
 そんな男が、最後に来た世界が……一つ、あった。
 その世界は、今まで男が渡って来た世界で一番平凡な世界であった。何も無い、面白くも何も無い世界であったが……一人、とある少女と出会った。
 少女は本当に平凡であった。何も無い、だが健気に生きるだけ。男には、野に咲く一輪の花の様に思えたのだろう、その少女の心に惹かれて行った……この世界に居る、この世界で一生を過ごそうとも考えた。別の世界の人間だろうと関係ない、只、この少女が幸せであるのなら、それで良いと思ったのである。
 だが後になって思い知ったのである。その最後の世界こそ、自らが元居た世界の未来だと。この少女は、最古に作られた兵器の鍵であった。そして、その鍵は刻一刻と、命を削られ、代わりに鍵としての能力を覚醒させて行く。
 男は苦しんだ。あの時、神に憧れずに、そのまま世界に留まっていれば、この世界が崩壊する事は無かったであろう。
 ――ならば、この少女を救う為に、自らは戦おう。喩え、過去の自らと対峙する事になったとしても、この一人の少女を救えるのであれば、この身も、世界も、関係は無い。全てを崩壊させたとしても、この少女を救ってみせる。
 しかし、この世界から男が離れれば、この少女はどうなる? 考えた末に、男は、自らの平行性をこの世界に残した。……この世界にだけ現れる、自らが居なくなった為に現れた代替物を、この世界に残す事にしたのである。
 無論その様な事をすれば、真世界であるこの世界の分岐により、様々な世界に、自らが現れる事になるのである。だが、それでもこの少女を救えるのであれば、問題ない。
 そうして、男はこの世界に自らを置いて、姿を消した。――真世界の過去へ戻る為に、果てしない、終わり無き旅をする為に。
 だが、男は一つだけ失念をしていた。この男が、その少女と出会った事により、辿らなかった運命が、分岐を始めたのである。真世界より分岐を始めたのは七つの世界、それら全てに、その少女の代替物、若しくは分岐した彼女自身が生れ落ちたのである。
 七つの世界は更に分岐を始め、様々な平行世界を生み出した。それにより、男は自らの道を失い、闇へと、堕ちて行く――
 
          ◇
 
 ……そんな話を、目の前の少女はした。
 悲しい物語だ、愛せば愛すほど、互いに傷付き、壊れていくのである。そんな悲しい物語を、聞いたのである。突然語りだしたその少女は今、自らの隣で本を開いている。……先程と同じ、WORLDと書かれた本である。
 インフィニティ・コード。それを行使する為のトリガーだと、少女は言った。つまりこの本があって初めて、その能力を行使出来ると云うのである。この本が無ければ、その力は発揮出来ないと云う事なのであろう。
 この場所に連れて来た男は、先程手を振って行ってしまった。この後は、二人で話をしろ、との事である。
 と、言っても、この状況下で一体何を話せと言うのか……元々、リンはコミュニケーションが得意な方ではないのである。この様に静寂の空間で、何も出来ない気まずい状況下で話題を提供出来る程、流暢では無い。果たして、如何したものか――首を捻る。
 一方の、夢崎の方は何も言わずに黙々と本を読んでいる。その姿は、まるでそれしか何かを知らない人形か何かの様に、本を読み終えては新たな本に手を伸ばすと云う反復運動を繰り返していた。
 これしか本当に術を知らないのであろうか……本を読む事で得るのは知識と、物語の面白さ。この二つを取り込もうとでもしているのであろうか? が、この少女はインフィニティ・コードにより、世界のEX(■)XRから情報を得る事が出来るのでは無いのだろうか。態々その本を読まなくとも、それで全ての知識を引き出せば良いのである。
 しかし、その考えの裏側には、確かに本だけにしか存在していない面白さが存在しているのかも知れない。ページを捲る時の胸の高鳴り、それはまるで文章だけのモノを垣間見る、世界を見ると云う行為には無い楽しみがあるのかも知れない。
 ……本には魔力がある。それは本を手に取った者にしか解らない、何かがあるのである。
 静寂の時間が続いてから、数分が経過した所で、夢崎が本を閉じて、次の本を取り上げる事無く、そのまま座ったままで、地面を見つめている。その突然の出来事に、その下の部分に何かが存在しているのか、体を近づけて見たのであるが、そこには何も無かった。只、地面が存在しているだけである。
「……名前……付けてくれ」
 ――突然、少女がリンに向かってそう言った。え、と小さく呟いて、少女の顔を見ると、先程の妙な物腰と、表情は無く、真剣な顔がそこにあったのである。その言葉に戸惑うものの、この少女は今、自らの名前を欲していると云う事であろうか。
 確かに、最初に出会った時、名前はまだ無いと言っていた。あるのは夢崎と云う事柄のみ。その先に存在している筈の名前が存在していないのである、この少女には。
 名前は、その人間を表す記号である。その人間が、その人間であると云うアイデンティティが、根本に存在している概念だとしたら、名前は、その同一のアイデンティティを持つ者との差別化を図る、その人間にだけ与えられるモノなのである。――中には、同姓同名と云う人間も居るかも知れない。だが、それでもその人間の名前は、その人間だけのモノなのである。
 同姓同名、それは、響きは同一であろうとも、その中に響く事柄は違うのである。なんびとたりとも犯す事の出来ない、人間が持つ唯一の聖域、それが名前である。
 そして今、この少女はその名前を求めている。自らが自らである為に、自らが此処に居ると云うアイデンティティを確立させる為に、名前を欲しているのであろう。
「違う。これは契約だ。私のマスターがオマエであり、オマエが私のマスターである、確立だ。さぁ、魔女と契約する覚悟はあるか?」
 魔女と、契約。その響きに、リンは何かを感じた。だが、先程のギルバートの言葉が響くのである。
 ――今日から、リン、オマエがコイツのマスターだ――。その言葉が頭に響くのである。此処に連れて来た理由が、これならば、自らはこれを完遂必要性があるのである。そうでなければ、自らが何も出来ない一年前と同じ様に思えたのである。
 今でも、日本では彼女に頼ってばかりであった。彼女に守られ、彼女と共に過ごし――そう、自らは守られてばかりで何も出来なかったのである。一年前の事柄も、何も知らない内に巻き込まれて、何も知らない内に、迷惑を掛けていたのである。
 自分が何かをする。自分から何かをする。それを出来る様にならなければ、これから先、また彼女達に迷惑を掛ける事になるであろう。それだけは、嫌であった。
 魔女との契約は確かに怖い。それは、様々な書物の中で、様々な登場人物が魔女との契約によって悪夢の人生を辿る事を知っているからこそ感じる感情である。そして、恐らく目の前の少女もそうなのであろう。
 一人、魔女を知っていた。その人物は、今はどうなったかは解らないが、悪い人間ではなかった。彼女が、この世界の魔女だったのである。……今、目の前に居る少女が魔女と言っていると云う事は、現在の魔女は彼女なのである。
 覚悟を決めろ、それが今、脳内で響く事柄である。この因果から、運命から逃げる事は出来ない。そして、先に進むには、二ノ宮リンと云う人間が変わる為には、この先に存在している何かを掴み、進むしか方法は無いのである。
 手を伸ばす。それに伴い、夢崎も手を伸ばす。それが合図だと、何か、無意識の内に感じたのである。
 伸ばされた手と手が重なり合う。その間には何も無い。只、合わせられた手と手の間には、暗闇が存在している。……だがそれは、闇だと云うのに、途轍もなく、寂しい世界ではなく、独りではなく――暖かい世界なのである。
 暗闇から生まれるのは、絆。何も無い空間から生まれるのは、世界。初めて世界が産声をあげた時、そこには何も無かった。あるのは、元素同士の結合により出来た、石や、マグマ、そして様々な宇宙からの飛来物により作られた大量の水達である。
 それと同じ事である、彼女達の合わせられた手の平の間にある闇は、何かを生むのである。それは契約と云う枠を越えた、新たな何か。
 ――暫らくの静寂がこの場を覆った。そうして、手の平が、今度は硬く、握られた。指と指を絡ませて、まるで決して離さない、鎖の如く、少女と少女の合わせられた手は、今硬く繋がれたのである。
 痛い、リンはそう感じた。硬く握られた指同士がぶつかり合い、痛みを催しているのである。それは仕方の無い事なのであるが、その痛みは何か、普通の痛みでは無いのである。骨同士がぶつかり、それによって生じている痛みとは何かが違うのである。
 指に響く、何か別の痛み。一年前に、あの手の平を襲った、聖痕の痛みと同一の感覚である。奥から突然込み上げてくる激痛に、目から、涙が流れる。我慢出来ないその痛みだが、夢崎は離さない、その手を離さない為に、痛みは続く。
 今は離せない、漸くそれを理解し、我慢する事にするのであるが……どうにも、矢張り、この痛みは嫌だ。涙が徐々に、大粒に変わって行く。目の前の少女にも、痛みはあるのだろうか、苦し紛れに、その様な事柄を考える。
 そうして、その状態を我慢している途端、口が開いた。
「さぁ――――――――――付けてくれた名前を――――――――――教えてくれ」
 口から出た言葉ではなく、まるで脳に直接響く様な、体ではなく、身体に直接文字を刻みつける様な感覚、嫌な感覚。それが襲って来る。
 名前、言わなければならない。この少女に付けるべき、この少女の為の、記号を今、刻むのである。
 虚ろな感覚――リンの目は今、その少女だけを映す為に存在する、一つのモノと化す。今、それ以外は何も存在していない、無垢な感覚。
 言葉は喉から出てくる。元々そこに居たかの様に、口から自然に、現れた。
 
「夢崎――アリス――」
 
 口が愉快に歪んだ。嗤っている。
 気に入った、それが最初の言葉である。何時の日か、少女が見たとある人間の名前。それを今、目の前の少女に名付ける。偶然かどうか……些細な事である。これは世界が選んだ偶然ではない、人間が引き寄せた必然――一つの結果である。
 今此処に、名前をアリスと付けられた少女が、腕を上げて、二ノ宮リンの胸に、刻印を刻んだ。二度と剥がれる事の無い、永遠の刻印である。これこそが、自らとこの少女、つまり魔女と人間の契約の証。そしてもう一つ、指輪を指にはめる事により、全ての契約は完了する。
 ――契約とは、相手側と此方側が同意して初めて成立する事柄である。両者に特がなければ、契約とは成立しないのである。
 故に、アリスは求めた、この少女から名前と能力を求めた。意志を求めた。代わりに、この少女は自らに、それに似合う対価を要求する事が出来るのである。今尤も、彼女が望む欲望を、そのままに。喩えその願いが闇だとしても、自らに与えてくれた事柄に匹敵する願いであれば、叶えるだけである。
 深層心理の世界が広がる。手の平を胸に当てた時点で、この少女の深層心理の世界が魔女の手によって此の世に具現化させられる。俗に云う「平行結界」、それに似ている感覚である。胸の刻印を中心に、結界は具現化する。
 魔術円がリンの繊細な体を蝕む。体全体に現れる魔術円が、一つの大魔法を行使する式に変化するのである。そしてそれを行使するのは、魔女たる、自身、夢崎アリス。同じ魔術円を展開し、体にぶつける。
 刹那、魔力の反動と、凄まじい感覚に襲われるが、その先に存在している光を掴み、この結界内に定着させる。
 今、深層心理が具現化する。
 ……その瞬間、アリスは驚愕する事になる。
「……っ! この女……欲望が何一つ、無いだとっ!?」
 只白い、無垢な世界だけがこの場に広がった。全く汚れの無い、処女の世界。いや、妙な虫がこの少女には付いている様であるが、それは危害を加えない無害なモノだが、マスターには相応しくは無い虫だ。要は、少女にとっては害虫である。
 しかし、そんな人物を、この少女は一度も憎悪した事が無い。以前に、寧ろその人間に対して感謝の念を持っている。
 有り得ない、この少女に憎しみの感情は存在していないのか、と錯覚するほど、この人間の心は綺麗なままである。白い、白い世界。建造物があるとしたら、それは三つの扉だけ。一つの扉は開け放たれているが、今、閉まり掛けている。代わりに、真中に存在している、傷だらけの扉が開こうとしている。三つ目の扉は、硬く、鎖で閉ざされており、開く事は無いであろう。
 この少女の心の中には、最低でも、三つの、独立した人格が存在している。姿形は同一でも、その性格、そして体の使い方は何一つ同じモノが無い――俗に言う、解離性同一性障害の様に、この少女には人格が其々独立しているのである。
 一つは、今この場に現れているであろう、気弱な少女としての人格。常に表に出続けており、この体の主導権を握っているのがこの人格なのであろう。
 二つ目、今開こうとしている、この傷だらけの扉。奥に、何か獣の様な性格を秘めた、何かが起き上がろうとしている。殺戮の天使か、それとも堕天使か……
 三つ目、硬く閉ざされている、開く事の無いであろうこの扉は、一体何を意味しているのか。此処最近、開けられた記憶は存在して居ないが、時間を考えるに、約半年前に開いた様な痕跡が存在している。
 この少女の事を理解するには、先ず、インフィニティ・コードで探る他無さそうである。謎が多過ぎると云うのが率直な感想である。
 展開している結界を閉じる。恐らく、このままだと、二つ目の扉の人格が現れるであろう。その人物にも興味がある。
 手を振ると、リンの体に刻まれている魔術円の刻印が姿を消して行く。同一に、周りの白い世界もその存在を薄めて行く。魔術円と云う媒体を失った平行結界が、この場から姿を消そうとしているのであろう。
 そして完全に、その姿を消した。平行結界は完全に消滅し、この場には、先程と同じ、無限書庫の姿が現された。
 その中で、一人、立っているアリスは、下で倒れている少女の、髪の色が変化している事に気が付く。先程までは、黒髪だったのであるが……これが意味する事は、おそらく只一つ、この少女の中に存在しているもう一つの心と人格、そして概念と感覚が、姿を現したのである。
 ……ゆっくりと、少女の体が起きると、その目を開けた。軟らかかったその目付きは今、鋭く、相手を射抜く様な目付きに変わっている。静かな感覚のその性格は息を潜め、獰猛な何かを感じる。無茶苦茶に髪を弄りたおした後、少女は視線を、目の前の人物に向けた。
 その姿は、何か恐怖では無い、何か別の嫌な感情が渦巻いている。――二ノ宮リンが見せないタブーの集結体――その様な印象を受けた。
 先ず、最初に手が向けられた。少女の手はアリスの目の前で止まる。随分と衰弱している様である、恐らく魔術円を体に刻まれて、無理矢理深層心理を平行結界として展開したのである。既に彼女の魔力は底をついている。
 いや待て、二ノ宮リンには、魔力は備わっていない筈である。その点は先程ギルバートに聞いている。しかし、この少女に魔術円を刻み、展開する事が出来た。本来はアリス自身の魔力で全てをやり取りする為に数倍の疲労感に襲われるのであるが――今回は、数分の一の疲労感しか存在していない。つまり、この少女から魔力を取り上げ、それが媒体となっていたのであろう。それと先程の話を組み合わせると、大きな矛盾が現れる事になる。
 その矛盾とは、述べた様に、リンの体は魔力を持たない、生成しない体の筈だ。しかし、今回の魔法の展開では、この少女の生み出した魔力が媒体となったと考えるのが通常である。これは矛盾以外の何ものでもない。
 ――しかし……この少女がもし、解離性同一性障害であるのなら、その体が一時的に別の使い方をされるのだとしたら。そうなれば、話は全く違って来る。この今その体を支配している人格と、元々体を支配している人格の体の使い方が違うのであれば、中には、魔力を生成する器官を覚醒させる人格があっても問題は無い筈である。
 全く違った感覚、人格、そして遂には器官の使い方すら違う。この様な人物が本当に居るのであろうか、それこそ、奇跡の子供と呼ぶべき人間なのではないのだろうか?
 少女の上げていた手が落ちて、意識が朦朧としているのか、その目が閉じかけている。それを必死に堪えて、少女はアリスを眺めている。
「……てめぇがリンに何かをしたヤツか……」
 声はそのままに――いや、少し低くなったか。喉の器官の使い方すら変える故か――少女がそう呟く。その声に覇気は無く、息は荒い。肺が何か擦れた音を放っており、意識が途絶える一歩手前であろう、まさに風前の灯である。
 更に、口を動かして次の言葉を紡ごうとしたのであろう、が、しかし、その手前で少女は倒れた。……髪の色は変わらない、このままの人格で気を失っている。
 だが……アリスを此処まで、心底恐怖させた人間は居ない。欲望も何一つ無く、人格を三つ持つ少女――面白い、口を歪ませるが、心の中は、一つも面白くは無い。この様な欲望も一つ無い人間を、マスターとするのか、それが唯一の不服であった。それ以外は合格点と言えよう。
 兎に角、先ずは小手調べだ。腕を上げて、下に一気に下げると、脚を捕まえていた鎖が破壊された。これで、自由の身である。契約によって得た力は、上手く彼女の中で機能している様である。
 扉を蹴飛ばし、外へと出た。一体何年振りかの外界である。ギルバートにより文化の移り変わりはかなり知っていたが、実際に見るのはこれが初めてである。どれ程、時代が移り変わったか、この目で確かめる事にしよう。
 乾いた音を響かせながら、まだ付いたままの鎖を引き摺って、廊下を歩く。この場所は、理解している。階段が存在しており、これを上って行く事により、あの場所に辿り着くであろう。
「我が城――ロイヤルガーデン……ッ」
 
 
          ×          ×
 
 
 カレーライスを一口、口に運んだ辺りで何かに気付いた。……横では、餌食にあった三人の人物が腹を抑えながら倒れている。毒物を仕込んだ訳ではない、一応生きてはいるであろう。後で薬ぐらいは出してやろうと、マカロニ将軍は目を瞑った。
 さて、此処で新作のカレーライスを作っていたのであるが、やけに、上の方から魔力濃度の高い人物が闊歩している。この庭園内で一番強大な魔力を持っているのは、『狂犬』の称号を持つ人物である。
 ――何故か、この庭園を統括している盟主は、凄まじい力を誇っていると言われているが、実際の魔力濃度は人並み以下なのである。
 最初こそは、狂犬がうろついているものかと思っていたが、事情が変わって来た。無視を決め込んでいたのであるが、その強大な魔力の持ち主は、進路を最上階に向けているのである。
 ロイヤルガーデン。それは最上階に自らが構成した結界と共に存在している、本物の自然を取り入れた所謂空中庭園である。――が、実際、あの場所には様々な〝いわく〟が着いており、庭園内でその実体を知っている人間はごく少数だ。
 移動中の何かは、その場所に向かっているのである。……何か嫌な予感がする。
 食べ終えたカレーライスを置き、部屋を出る。倒れている三人は後で何とかしよう、今はロイヤルガーデンへと向かっている人物に興味がある。そこに自らは居ない、若しかしたら、自らに用事がある可能性もある。
 腕時計を眺めると、時刻は既に十七時を回ろうとしている。庭園特別教室の授業も終わっているであろう、リンも、ギルバートも、既にフリーになっていると考えるのが普通である。二人で、ロイヤルガーデンで茶でも嗜むと云う事も考えられるのであるが――あの二人が持つ魔力にしては巨大過ぎる。
 ……マカロニ将軍の才能は、魔力を読む事にある。通常の人間は、その魔力を感じる事は出来ても、その規模、そして状況を理解する事は出来ない。魔法仕いの漏れた魔力を感知する程度が一般的である。元々、魔力を最大解放した所で、回りに視界出来る程の渦が出る訳でもない、黒い竜巻が起こる訳ではないのである。それは確かに、体内の中だけで起こる事情。
 しかし、将軍はその魔力を完全に読む事が出来る。規模も、色も、そしてどれ程なのか……全てを読む事の出来る才能を持っているのである。
 それを行使して、見える光景は全く無い。色も、全くの黒――黒の色を持つ魔法仕いは様々居るが、それでも多少の違いが見える。黒は黒でも、白を一滴でも混ぜた様な感覚、他にも微妙な、微かな違いがあるのである。
 だが、今見えるビジョンの先にあるのは、闇。全くの黒の魔力を持つ人物である。
 ――魔力の色は、原色に近ければ近いほど純粋な力となる。世の中を統べる三大原色、RGBを中心に、大まかに七つの色に分けられる。かの有名な死徒「ブリュンヒドゥン」が司る虹色も、七つの色であるが、それらは決して原色では無い。一つずつ、薄い色をしているのである。空色を混ぜた様な七つの色になっているのである。
 将軍が今まで、知っている、純粋な黒の魔力を持つ人物は、只の一人しか存在していない。
 エレベーターに乗り込む。そして、パネルを押して、一番上を示す。魔力の感覚は既に、ロイヤルガーデンに侵入している。まるで待ち構えるかの様に、待っているかの様に、中心に立っている。
 エレベーターが、振動を停止して、屋上へと到達する。ゆっくりと開くその扉の向こう側に、居る。その姿を直視した時、矢張りか、と小さく呟いてしまった。
 
「我が望む、絶倫の先に存在している究極の極地を――問おう、汝、闇に溺れる気はあるか?」
 
 解き放たれた封印の先に存在しているのは暗闇の黒。
 ――此処に、夢崎アリスは君臨に成功した。
 
 
                    </-to be continued-/>

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