笑おう。
小さな星の話だ。
一人の人間の遠すぎる理想の話だ。
空っぽの星、時代をゼロに撒き戻す。
終らない、終らない、終らない、終らない、踊ろう、踊ろう、踊ろう、踊ろう――
カノンは終らない、アリアもエンドレス、怒りの日には報復を、運命には残酷を。
生れ落ちたキミに、笑顔が取り戻せますように……
ハスミさんに捧げる――
『* A L I C E *』
the FINAL-the first part
切断。切断。開放。
赤い空間には一人の少年。迎え撃つはわたくしたちの三人のみ。
「良くぞ此処まで来た。八人の少女を殺し、業を背負いし少女達よ……今宵も月が綺麗だな」
少年、上川強気。
以前、リンの右腕の移植の際に立ち会った時にあっただけの少年。そして、自らを『魔法使い』と名乗る、謎の少年……変わらない格好と、変わらない表情で、上川強気はわたくし達を迎えた。
殺される。そう瞬時に理解した。
臨海体制に入っても遅い。わたくしの記憶が定かなら……この人物には万物あらゆるものが通用しない。証拠に、心が読めない。そして、今この場は何かしらの結界に覆われている。恐らく、断絶させる結界だとは思うけど、そんな出鱈目な結界なんて、一流の魔術師で無ければ構成は不可能。
「――だんまりか……ま、いいだろう。オレの目的は只一つ、ゴルディアン・コフィンの降臨だけだ」
上川強気は長い髪の毛を掻き、此方を直視する。
「……私達はアナタに用は無いわ。其処を通してもらえるとありがたいんだけど……」
魔力だけは漂わせて、由香さんは上川強気にそう言った。
その問いに、上川強気はく、と笑って、
「それは出来ない。何故ならそれが彼女との契約だからだ」
声の音を低くして、その目を、殺意を秘めたその目を此方に向けた。
当然よね。今時、はいそうですか、と言って通してくれる人なんて居ないものね。それこそ、変な期待を持っていたわたくしが莫迦だったわ。
――魔を操るは命の剣……運命を砕くは未踏の地――
「アナタを倒して、リンを返してもらいますわ」
一歩前に出た。
魔力は既に回っている。砲撃用の魔術が少ないわたくしにはリンの置いていったナイフを使って攻撃するしか手段が無い。
もう一歩、前に出るわたくしを、由香さんが制する。
「ヒナさんはリンの所に行って。此処は――」
由香さんの手の平に、黒い光球が現れる。
「全力で私たちが止める」
ぶぉん、と音をたてて、黒い光球が飛んだ。それは眩い光と、雷音を立てて、炸裂した。
その煙の中、カレンさんが突破する。
ぎん、と金属音が響く。それは、カレンさんの拳と、上川強気が取り出した一振るいの剣が交錯した際の音だった。
「破――!」
カレンさんの一撃。ぶお、と風を切る。
「カレン! 後ろ! 下がりなさい!!」
由香さんの言葉に一旦カレンさんが引く。
そして――
「――Strengthening, leap, and explosion!!!」
呪文を唱えて、魔術を展開、空に打ち込んで現象とする。
魔術が飛ぶ。
「――解呪!」
その一撃も、上川強気の呪文一つの前に消え去った。
魔術を打ち消すには、その行使された魔術以上の質量を誇る魔術が必要となる。それを目の前に居る少年は苦も無く、呪文一つで相殺した。
「ヒナさん! 何やってんのよ!」
呆然とその戦いを眺めるわたくしに由香さんが叫ぶ。
「早く行ってください! これ以上は、持ちませんから!」
カレンさんも叫ぶ。
……うん。わたくしは頷いて、走った。
リンの元へ――
「一人、逃がしたか」
目の前で、視線だけでヒナさんの後姿を眺める上川強気を私は眺める。後はヒナさんに任せるわ。
リンを助けられる、そして支えるのは私だと、ずっと思っていた。でも、私じゃなかった。リンと肩を並べるのは.……ヒナさん。私じゃない。
もっと早く気付けばよかったのかもしれない。戻れないところまで行くよりも、早く気付けば良かったのかもしれない。
それでも、私はこの選択を間違っているとは思わないし、多分、これからもこの感情は心のどこかにあるのでしょうね。鍵は掛けておくけど、決して開かない記憶じゃない。
ただ、リンと云う子が居て、その子を私が守ってあげたかったと云う事だけは、一生だから。
何時か、顔も思い出せなくなる。仕草も思い出せなくなる。声も思い出せなくなる。
それでも忘れることは無い。
「……私だって……リンの事は好きだから」
だから戦える。
展開した魔術は少ない。元々私は五大の魔術を行使することが出来るけど、一斉の使用は不可能。それが欠点といえば欠点。魔術を待機させるパレットも三つしか無い。
三つのパレットに三つの魔術を展開して、掃射。
腕から発射する黒弾。行使するは雷。魔術とは世界の現象を行使すること。人に扱えるものではない雷は、魔術師の中でも極めるのが困難な魔術の一つ。人が扱える雷なんて、静電気程度。
爆破。飛び交う魔術は消えた。
“次――!”
魔術を展開する準備を開始する。その間の時間稼ぎはカレンの役割り。
「魔術の展開だけは、魔法使いレベルか? いや、もう一歩か」
爆風の中から剣を掃射して現れた上川強気。三本、西洋の剣が飛ぶ。それはさながらあの女性のように。
走る。上川強気が走る。疾風の如く、上川強気は走る。その手には一本の太刀――
早い! 私の魔術は追いつかない。
「はぁあああ!」
刹那、カレンが割り込み、上川強気の一撃を捕らえる。
ざざ、と地面に落ち、すれる音……上川強気は平然としているが、カレンには苦痛の色。あの一撃、矢張り強力な魔力で強化されている。存在自体が希薄。それでいて、まるで本物のような存在感。落とせば消える、砂のように消える。だと云うのに……
ち、とカレンの頬を掠める一撃。長刀と短剣の二刀流。長刀で攻撃を行い、接近してきたら短剣で牽制する。初歩的だけど、効率の良いこの戦法。加え――
「――発火」
轟、と音をたてて燃え上がる炎。そう、上川強気は魔術も達者……ホント、付け入る隙が無いわ。
それでも、此処で退く訳には行かない――!
「Water, mixture, wind, and development machine-gunning!!」
水と風。風で水を運ぶ、それを魔力で形勢、展開、定着。水の特性を持ったエクスプロージョン!! 光を放ちながら光球が飛ぶ。燃え上がる炎に直撃して、炎が消える――筈だった。
「嘘――!」
炎は勢いを休めるどころか、逆に更に燃え上がった。
「良い線ついていた」
その炎の向こう側から、上川強気が現れる。
「だが、矢張り『仕い』は『使い』には勝てないと云うわけだ」
右腕が上がる。
瞬間、業火の奥から――三つの剣が飛び出す。
――誰が知ろうか、その三つの剣こそが、万物を司っていたといわれる剣だと。
三つで一つ、一つで三つ……
ウ コ ン バ サ ラ
人呼んで『聖杯が司る三つの聖典』――
カレンが下がる。私も下がる。
「逃がしはしない――」
右腕が、此方を向く。
刹那――掃射――!!!!
「カレン! 礼装準備!」
「り、了解です!」
赤い渦巻きを描いて襲いくる一撃に、礼装が間に合うかどうかは解らないが、私達はその光景を――
■■■
わたくしが最後に辿り着いたのは、あの木。
その木は、普通の木よりも数倍大きくなっていて、本当にあの時の木かどうか、一瞬わたくしは自分の目を疑った。
だけど、疑う筈も無い光景を眺めて、わたくしの思考は覚醒した。
「――リン――!」
木の下に、一人の人影。張り付けにされているリンの下に――あの女性が居た。
「ごきげんよう、藤咲ヒナさん」
何処までも美しく、麗しく、綺麗で綺麗でキレーな、その女性は微笑んでいた。それを、わたくしは直視する。そらしたら負ける。そう思っているから、わたくしは目をそらさない。
右手に握ったナイフ……今動けば、あの女性の首筋に刺すことが出来るだろうか?
「……」
無言でにらみ合う。
「アナタも、ゴルディアン・コフィンの降臨を眺めに来たのかしら?」
女性は首を上に上げた。
其処には、降臨間近なのであろう、ゴルディアン・コフィンの魔力が少し、断絶された世界から漏れていた。
これが……ゴルディアン・コフィン――アリスになるためのモノ……
「何故、リンをさらったの……殺さずに……」
返ってくる筈は無いことを問う。
「――そうですね、アナタが此処に来たと云う事は、少なくとも私と戦おうとしているわけですね。はい、解りました、この戦いの後に、アナタがどうなるか解らないので、言いましょう」
だが、その予想は裏切られ、目の前の女性は話し始めた。
「ゴルディアン・コフィン降臨に必要なものは、一二人の魔術師のうち、一人を除いての一一人の魔術師の存在をかけた魔力が必要となります」
それは知っている。『永遠の論舞曲』に参加する以上、知らないものがほぼ居ない程の基本知識。
「そして、それ以上の魔力……つまり、ステンドグラスには、一一人分の魔力しか入らないようになっています。もし、一一人分の魔力を入れる箱の中に一二人分の魔力を入れたらどうなるか解りますよね?」
……ゴルディアン・コフィンはその微妙なバランスを崩して、その強大な魔力をあふれ出す事になる。
「勿論、人よりも魔力を持つ魔術師は居ます。しかし、ステンドグラス一一人分と認識して魔力を削減させます。その為に、ステンドグラスには一一人しか入らないようになっています。
ですけど、例外が居ます」
……それは……
「二ノ宮リン。
自らの中に凛と云うもう一つの人格を持つ二重人格適応者。彼女達は二人で個、個で全。だとしても、仕組みが単純で、かつ概念的なステンドグラスは、それを一人で二人と認識する。そして、不幸か、幸いか、彼女は人格で使っている魔力の“核”が違う――」
つまり、それは、一人で、二人分の魔力を精製するアレが存在すると云うこと……
一人で二人、二人で一人、そのままのリンで死ねば、ステンドグラスは一人と間違えて二人をゴルディアン・コフィンに送る。すれば、ゴルディアン・コフィンはその微妙のバランスを崩し、崩壊する。元来、平行台の上に立っていたようなモノですからね……
「だからこそ……私は、二ノ宮リンを、普通に殺す事が出来ないのです。殺すのなら、先ず、二つの人格を、二つの魂にして殺さなくてはならないのです」
………………………。
そう。
それが答え。
なら、
「リンを返しなさい」
ばちばちばちばち、と脳に電撃が走る。当然、人間の身体に命令を下すシグナルは、電撃だ。人間はたったこれだけの電気で動いている機械だ。
機械には限界がある。
それは人間も同じだ。
機械でもいい、人じゃなくてもいい、汚れてもいい。
「リンを返しなさい」
再び言った。
「嫌です」
その女性は答えた。
断固たる、反逆で……
「そう――なら、此処で朽ち果てなさい――!」
「――朽ち果てはしない。私には、まだゴルディアン・コフィンに捧げるべき願いがあるのだから――!」
戦いは、始まった。
■■■
礼装は結局間に合わなかった。
ヒナさんに魔力を与えた事が原因――不覚。
上川強気の礼装を受けた私達は……
「――ぁ」
死に間際? 断末魔? どちらでもいいや。
そんな事はどうでも良い。今は動けるかどうか……
右腕、上がる。左腕、上がる。右足、上がる。左足、上がる。
あ、結構上がるじゃん。……あれ? でも――身体が動かない? てか、何か、嘔吐、感……、、、が。
「ご――ふ」
あーあ、もう少しだったのになー。
身体、肋骨が二、三本? あとは、うん、神経が幾つか切れてるねー。血管も破裂している場所があるなぁ。てか、良く死ななかったなー。左足、動くって言ったけど……あっれー? もしかしてアキレスも逝ってるー? てことは立てないー? 指も……いーち、にーい、さーん………ありゃ? 両方あわせて八本折れてるや……。
ひゅーひゅーひゅー。
肺も……片方……破裂してるかな……。瓦礫の破片も、刺さってるし……、、、お腹も、切れてる、いったーい。
死んだな、こりゃ。
「――出来れば人は殺したくなった」
何言ってんのよ。殺してんじゃん!
「しかも、似てるな……見れば見るほど……」
誰によ、敵。
「……うん、死なないかもね。その顔している人間は、死なないから」
掠れる視線の中、ソイツの笑顔だけが脳裏に残った。
ばーか。
死なない人間なんて、いないのよ。
この記事にトラックバックする