ドアを開けよう。
そしてあの子と一緒に歩き出そう。
その先にどんな困難が待っていても
キミとなら乗り越えられる……
ハスミさんに捧げる
『* A L I C E *』
完結。
-0 days
朝日は見ることは出来なかった。
わたくしはそのままお昼ごろまで寝ていて、一二時半を回ったところで起きた。
……昨日の出来事が嘘みたいに、何も変哲もない、普通の女子高生の休日みたいね。こんなに遅くまで寝ていたのなんて、初めて。
さて、昨日の出来事のせいで体は重いけど、遣るべき事はいっぱいあるわ。
そう思って、わたくしは遅すぎる朝食の準備を始めた。
■■■
「大丈夫だった?」
「……」
数ミリの頷きを、望さんは返した。
病室には他にも数人の人が居たけど、殆どが女性だった。……やっぱり、病院の人も考えているんですね……わたくしはそんな事を考えながら望さんのベッドの横に置かれた椅子に腰を掛ける。
望さんは暫らく入院した後、二週間後には退院できるらしいけど、やっぱり当分は通院に、松葉杖が必要な生活が続くみたいね。先程お医者様に聞いたわ。勿論、病院での治療費は全て『庭園』から出される。
「何か困ったことがあったらわたくしに言ってもよくてよ」
すると、
「退院したい……」
そう答えた。
「それは駄目よ」
即答した。
全くもぉ、怪我が治りきっていないのに退院して如何するの? 学校もまだ休校中なのよ? ……まぁ生徒会の人間は呼び出されますけど。
「なら、私も生徒会のメンバーになるから……」
「駄目よ。なるのなら、怪我を治してからにしなさい」
む、としたような顔を一瞬見せたけど、元々あまり感情を顔に表さない子だし、直ぐに何時もの顔に戻った。
と、矢張り気になったのか、こんな質問を投げ掛けてきた。
「……ゴルディアン・コフィンは?」
「……消えたわよ……」
俯いた。
確かに、ゴルディアン・コフィンは消えた。消滅した。高濃度の魔力を拡散させてゴルディアン・コフィンは消滅した。もう、この土地に召喚されることは無いと思う。
――それでも、わたくしはそのゴルディアン・コフィンを消滅させるのに、大切なものを失った。
「アリスは?」
「……生まれなかったわ。あのゴルディアン・コフィンはまがい物だったのよ」
わたくしはゴルディアン・コフィンの正体を事細かに説明した。
マリアの事。上川強気の事。ゴルディアン・コフィンのその能力。そして……凛の事――
全てを聞き終わった後、望さんは一つ数ミリの頷きを見せた。
「……解った」
そう呟いた。
どうやら理解してくれたみたい……よかった。
わたくしは腕時計に目をやる。時間は一時半を回った辺りだった。
「では、わたくしはこれで」
立ち上がるわたくしに、
「何か、用があるの?」
珍しく、望さんが問うた。
わたくしは、ちょっとね、と一つウインクをして病室を後にした。
■
次にわたくしは一つの家に訪れた。
聖マリア学院から徒歩一〇分、病院からで換算すれば約一五分程の場所にある家。洋風の家で、簡単に言えば豪邸と言ってもいいくらい。
インターフォンを押そうとして、目的のあの子が庭に居ることに気付いた。
「由香さん」
わたくしは庭の手入れをしている由香さんにそう声をかけた。
「何? 今は学校は休校の筈だけど?」
庭に設けられた椅子に座って、わたくしは由香さんから貰ったペットボトルの紅茶を一口口にする。由香さんは不機嫌そう。……無理もない事だけど。凛とは云え、一応リンの一部を殺しちゃったんですからね……。昨日はあれから由香さんが居なかったらわたくしは此処にいないかも知れなかったわ。
「そのお礼をしに来たわけね」
「そういうことよ」
わたくしは先程望さんに渡したのと同じものを由香さんに渡した。駅前のおいしいと有名のケーキ屋さんのケーキが中に入っている。……内緒だけど、一つ百円――セールで。
「ふぅん、アレだけのことをさせておきながらケーキで済ませちゃう。せめて現金ぐらい寄こしなさいよ、ブルジョワ」
今の言葉には少しむっとしたけど、まぁ、一応命の恩人ですし……
「……幾ら欲しいのかしら……」
「ふぇ!? 本当にくれるの!」
「欲しいと言ったのはあなたではなくて?」
少し怒りの念を込めて言ったその言葉が効いたのか、それとも最初から冗談のつもりだったのかは解らないけど、由香さんは冗談冗談! と言ってスポーツドリンクを飲んだ。理由は後者を推薦したいわね……
わたくしも紅茶を一口飲んで一息ついた。
そんな中で、由香さんが口が開いた。
「……終ったのね、全部」
「ええ、終ったのよ……全部、ね」
ふと空を見上げる。まだ寒い外。それでも青空と太陽の陽だけはわたくし達に暖かい光をくれる。
暫らく沈黙が続いた。わたくしもそうだけれども、由香さんも何か思うことがあったのでしょうね。互いに視線は交わしても、言葉を交わすことはなかった。
そうして暫らく沈黙した後に、
「私さ、三月からフランスに留学することにしたわ」
突然由香さんが切り出した。
「……そう」
別段驚くことではなかった。色々と『庭園』も動いていますし、行くのなら今が一番良いでしょうね。
「その学校さ、『庭園』とも関わりがあるみたいで今まで『遠野』である私のところに結構推薦状が来ていたんだけどさ、リンの事もあったし、『永遠の論舞曲』もあったからずっと断り続けたんだけど――戦いも終って、リンにはヒナさんも居るし、今日受けることにして向こうに資料を送ったの」
「あら、由香さんに公認と云う事は良いのかしらね」
「……色々と言いたいことは歩けど、一応春休みには一旦戻ってくるわよ。その時にリンに万が一のことがあってなさい、ただじゃすまないわよ……」
声を低くして由香さんは言った。……。
「解っていてよ。わたくしもそこまで急いで、リンとの関係を崩したくないもの」
「ならいいわよ」
そうして再び沈黙が始まった。
時間も余りないから、わたくしは次の目的地に行くことにした。気付けばもう一時間も由香さんのお家に滞在していたみたい。少し早足で由香さんの屋敷の玄関を潜った。
と、最後に聞いておかなきゃいけないわね。
「何を?」
そう聞く由香さんにわたくしは今まで疑問だったことを問う。
「アナタ、リンの記憶が失われる前の性格と、あんなことになった出来事を知っていたのではなくて?」
その問いに、由香さんははぁ、と溜息を一つ吐いて、暫し悩んでいたけど、直ぐに、うん、と頷いて口を開いた。
「――まぁ、ヒナさんにならいいでしょう。いいわ、教えてあげる。
けどそれは私がフランスから春休みの時に帰ってきて、リンがなんともなかったらの話よ」
そんな事を言った。
これは本当にリンとは何も出来なさそうね。
■
最後の目的地に向かう前に最後の目的地に辿り着いた。
さて、少し此処で買い物をしていかないと……時刻は三時半。急がないと拙いわね……
少し大きめのデパートに入る。――確かあのコーナーは七階だったわね。そう考えながらわたくしはエスカレーターに乗った。
……と、向こう側から降りていくエスカレーターに……
「――――耀子……?」
人に隠れて良く解らないけど……確かに、あの子に似た顔だった。
……ううん、あの子は……いないのよね。わたくしはそれを無視して、上へと上がった。
その子は一度だけ、わたくしの方を向いた。
■■■
そして最後の場所に辿り着いた。
昨日、アレだけの大騒ぎを起こしたことが嘘みたいね。
あ、居た。
白い服を着た……あの子が、木の下で立っている。
「――リン!」
叫んで、気付けば小走りしていた。
あの子も気付いた。
笑顔を見せて、わたくしの元に走ってくる。
周りの人ごみ、そんなものは無いかの様にわたくし達の視線は一つだった。
その後ろ、わたくし達と同じ様にあの木で待ち合わせをしていた子達が居た。
「待ったか?」
「いんや……」
その子は、金髪で、金色の目をしていた、そして白いワイシャツを着ていた。男の子のほうは、危なっかしい目をしていて、わたくし同じ様な髪質と、わたくしがリンに渡したようなペンダントをしていた、そして、黒いコートを着ていた。
その、男の子と女の子と、一度だけ目があった。
金髪のその子と、ペンダントのその男の子は、背中を向けて、わたくしに片手を挙げた。
――あばよ。
そんな事を一言言って、わたくしも背を向けた。
「――ヒナさん!」
目の前には見慣れた笑顔。
守るべき笑顔。
これから先、どんな苦しいことがあっても、悲しいことがあっても――
この子となら……歩いていける。
であった
手の平に持ったオリジナルの指輪を持って、わたくしはリンと手を繋いだ。
* F I N *
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