剥奪された記憶。
剥奪された人格。
そして、覚醒する白き聖処女。
記憶を紡ぐ少女と、人格を剥奪された少女の戦いが開幕する――。
ハスミ林檎 様に捧げる『美少女翻弄学園伝奇SFファンタジー』小説――戦いのACT 5です。
自らを封じ込めた扉が開こうとしている……。
夜中の学校に人が居るとは考えていなかった。
それも、私に入れ替わった今でも、鮮烈に脳裏に焼きつく此の記憶……
『藤咲ヒナ』――彼女はそう言った。
コイツがジョーカーだ。私の中でのババ。居るだけで人格に支障をきたす。
ああ、ならば……
「オマエ――『わたし』の何だ?」
「さあ? 少なくとも、貴方の思っている――の様な関係ではありませんわ」
――!
コイツ……今、私の心を読んだのか!?
大太刀を握りなおす。とんだ邪魔が入ったが、殺せば問題はない。後始末は面倒だが、そんなヤツも殺せば問題はない。疑われても、シラを切れば問題は無い。
考えれば後は実行に移すのは簡単だった。
跳んだ。
足に先ほど吸い取った魔力分を流し、一気に爆発……推進力で一気に突撃し――その心臓を……
「――」
穿つ、筈だった。
が、突如現れた乱入者により、私の剣戟は妨げられる。
「……!」
ソイツは――人なのか……。
少なくとも、通常の魔術師が持つような魔力にしては持ちすぎている。かと云って、大魔術師にしては保有魔力も少なく、何より若い。いや、年齢は幾らでも誤魔化せるだろうし、代々継いで来た魔術を若いうちに極めるモノは異例ではないか……。
なら、目の前に居る、その“男”はなんなのか。
黒いコートを羽織り、細身ではあるが筋肉の付いたそのがたい。左手に持った短剣は不気味な黒光を放っており不気味。……なるほど、ダークヒーローとはこう云うことを言うんだろうな。密かに私は納得する。
男はまるで藤咲を庇うように私の前に立つ。
「ヒナ。オマエは下がれ。元々、戦闘に向いているがたいではあるまい」
その言葉に、藤咲は、
「……それがわたくしに言う台詞ですか?」
と一瞥した。
なるほど、別段仲が良い訳ではないのか。
と、なると、この『ゲーム』の趣旨上……コイツ、『騎士』か。
なら……面白い――。
私の体は興奮に震える。至る所から汗が滲み、その感覚に昇天すらありえる。ああ、気持ちが良いさ。
思いっきり、殺せるんだからな。
会話を最後まで聞くこと無く、私は跳んだ。
大太刀には魔力を纏わせる。補充は済んでいるんだ。今更出し惜しみする必要が何処にある? 定着した魔力を保管しつつ、一気に懐へ入り込む。
刹那、金属音。
キン、と澄んだ音がした。
勿論、私の大太刀と男の短剣がぶつかっただけの話。
――だがしくじった。大太刀、否太刀の類は剣と剣の純粋なぶつかり合いに向いては居ない。元々、大太刀や太刀と呼ばれる所謂日本刀の類は相手の急所、若しくは即死するライン――私はそれを『死極』と呼ぶ――を一撃で切ると云うモノだ。
故に、太刀の類は長く、細い……。
だが男の使っている短剣は違う。
明らかに接近戦……純粋なぶつかり合いの為に作られた剣であろう。剣幅が大きく、ずっしりとした印象のその短剣は、中国古来の武器にも見える。
つまり、単純なぶつかり合いでは勝てないと云うコト――
「――っ!」
「ふ――」
私の焦りの言葉と、男の流れるような動きが重なる。
男は額に汗一つ掻いていない。ち、化け物め。
こいつに死極は無い。いや、見せないんだ。
何合か打ち合った後、私と男は間を空けて立ち会った。
「――ふむ、二ノ宮の末裔はとんでも無い人格破綻者を生み出したようだな」
男が漏らす。
殺気は消えていない。
「ふん、藤咲と聞いてなんか引っ掛かってたんだ。お前、『永遠の論舞曲(エターナリー・ロンド)』に選ばれていたのか……そうか、“ゴルディアン・コフィン”も妙なヤツを選んだな」
私のその言葉に、藤咲は如何思ったのか、今までよりも厳しい目で私を見る。
「……あなたとリンの意識は繋がっているの?」
その質問に、私は正直に答えることにした。
「いや、繋がっちゃいないわ。私が人格として出ている間、『わたし』に意識は無い。ただ『無意識の零』に埋れているだけだ。まぁ、眠っていると同じね。
それと対照的に、『わたし』が起きている間は私が『無意識の零』に取り込まれる。……だからよほどのことが無い限り、私と『わたし』が会い交えることは無い。
第一、『わたし』の方は『永遠の論舞曲』すら知らないいい子ちゃんだからな」
言葉を聞いた後、気のせいか、藤咲の顔が安堵の顔になったように見えた。
……け。気に食わない。
大太刀を下に下げる。
とっとと終らせて、寝るとするか。
「なら良いな? ――じゃあな、此処で逝け。
It is related …… proof …… Magic Conversion Edge Fixing Cutting」
唱える。
魔術の行使には、それだけ式と証明が必要だ。必要最低限のもので組み立てるのが、一流の魔術師だ。
大太刀を振り上げる。纏いしは魔力。
――全工程、セット完了……是、悉くを切り刻み、その存在を消し去ろうぞ。
其は――必然滅翔。
刹那、大太刀のきれっ先を男に突き刺さんと、大太刀が狂った。
――My body change the phantasm――
そんな言葉が聞こえた。
それは誰のものだったのか 、 刹那の内に、私の意識が飛 ん だ ――。
Interlude......
『永遠の論舞曲』――それは、“ゴルディアン・コフィン”と呼ばれる一つの究極を求めての戦い。
参加資格は三つ――
美少女であること
処女であること
魔術師であること
――である。
そして選ばれし一二人の少女は殺しあう。
与えられし神からの恩恵は三つ――
聖痕
礼装
聖歌
――である。
其々を駆使し、殺し合い、そして最後の一人になった時、“ゴルディアン・コフィン”は奇跡を起こし、少女をアリスとし、神、マリアの元へと召される。
それはつまり……神の子になると云うことである。
それが常に教えられてきたことだった。
少女、藤咲ヒナには重すぎる宿命だった。
若干七歳に、両親を失い、現在に至るまで、誰の手も借りずに独りで生きてきた。
その魔術師としての血と、自ら先天的な才能……知能。そして、誰もが振り向く美少女としての容姿。
ただ只管に神を信じ、教えを守り、恋を禁忌として生きてきた。聖処女として、そして何より自らが神の子として何時か昇華できるように……常に、キレイであり続けた。
彼女にとってそれは苦痛では無かった――寧ろ救いと言っても過言では無い。
そして迎えた此の年……『永遠の論舞曲』の参加資格である、聖痕が手の甲に現れた。
「神のご加護を……」
藤咲ヒナは手を合わせた。
そして、一つ、自ら半日以上は居るこの生徒会室の隣にある書庫に、魔術円を描いた。
エーテルを使い文字を走らせ、サークルとトライアングルを重ねる……。
この『永遠の論舞曲』には一つのルールがある。
『騎士』――この魔術形式に惹かれた一人の男を、此の場に空間移転させることで、自らを守る騎士とする――男が参加できない此の戦争に、唯一、男を出させる手段である。……無論、空間移転など、魔術の中では禁忌であり、普通の魔術師では出来るものではない。
が、この聖マリア学院は、魔力が停滞しやすい構造になっており、数十年に一回なら、その程度の大魔術を行なうことが可能であった。
それを利用し、ヒナは魔術を行使した。
一言一言が神言……世界に語りかけるその言葉は因果を切断し、歪曲し……破壊と創聖を導き出し、一つの答えを導く。
そして、魔術は成功した。
『此の世』の存在を知りし、『魔術』を知りし、『永遠の論舞曲』を知りし我『騎士』を此処に――
ヒナが目を開けたとき、其処には確かに、人間が居た。
「……え」
だがソレは、魔術師にしては……いや、現代の人間に過ぎては奇妙な格好をした人間だった。
「――我、騎士の命を受け、参上した。……騎士・ランスロット」
ランスロット――無論、それは真名ではない。
この戦いにおいて、名前を知ることは不可能である。騎士には、其々名前が授けられ、本来の名前を言う事は許されない。それがルールである。
召喚に成功したヒナは、この次の日の昼に、二ノ宮リンに魔術円を発見させられ、更に、その次の日に、二ノ宮凛と戦うことになった……。
Interlude END
目を開ける。
身体の痛みはもう無いけど……うう、なんか体が筋肉痛。
何とかして上半身を起こすと、じわじわと、至る所が痛み出す。――特に腰。
わたしは眠い目を擦り、辺りを見渡す……と、
「あれ?」
其処は、わたし、二ノ宮リンの部屋ではなかった。
ピンクのベッドに、かわいいぬいぐるみ。光が差し込む窓の構造から、此処が学校の寮だと云う事は判るんだけど。
ふと手を見ると、其処には痣があった。
「なんだろう……これ」
触ってみる。うん、痛みは無い。なら大丈夫。
ベッドの横に置いてあった時計を見ると、時刻は六時前だった。あ、ヒナさんから貰ったペンダント。手に取り、首に掛ける。
さて、此処は何処だろう。
と思った時、
「あら、起きたの?」
聞き覚えのある声が響いた。
「―――――――――――――――ヒナさん?」
「はい?」
「どうして、此処に?」
「何故って、わたくしのお部屋ですからです」
暫し、思考停止。
「……」
顔が急激に赤くなっていくのを感じる。
「う、ええええええええええええええええええええええええええええええええ!!
ひ、ひひひひひひひひヒナさん、の部屋……にわた、わた、しが? どうして?」
慌てふためくわたしに、ヒナさんは腰に手を当ててとん、とわたしの体を押した。
「ふにゅ!」
余り力を入れてなかったけど、わたしの体は簡単にベッドに横たわる形になった。
その横に、ヒナさんは腰を掛けて、説明を開始した。
「貴方、昨日の夜に校内で倒れてたんですよ。わたくしが忘れ物で通らなかったら大変なことになっていてよ?
凄い汗だったから、わたくしの部屋まで運んで、今日一晩泊めたんです。覚えてないの?」
ええええ、と、混乱していて何がなにやら……。
そんなわたしはとあることに気付く。
「あれ……わたし、着替えて……」
「ええ、汗が凄かったから、寝ているままお風呂でシャワーの浴びさせて、わたくしが着替えさせました。
お人形さんを洗っているようで、ちょっと可愛かったわよ?」
今度こそ……トドメだった。
わたしは耳まで真っ赤にして……ふっ、と意識が飛ぶ。
「あら? リン? リン、如何したの?」
顔が近いです、髪の毛が当たっています、おなかが空きました、変な汗が出て来ました……。
意識を何とか繋ぎ止める。
ほっとした顔のヒナさんが居る。
「すみません、取り乱しちゃいまして」
「いいのよ、大方予想通りでした。
それに、リン、貴方熱があるみたいだから今日はお休みなさい。エルダーのほうにはわたくしが言って置きますから」
「え、駄目です!」
反論するわたしに、ヒナさんはもう一回、わたしを押した。
「寝てなさい。今日一日……いえ、二日ぐらいは泊めておいてあげてもいいから」
そう言うと、ヒナさんはバッグを持って、扉の前に行った。
ヒナさんの剣幕に押され、わたしは泣く泣く了承してしまった。
「お腹が空いたら冷蔵庫を開けなさい。お料理が入っているから」
「はい……すみません」
「いいのよ。では――」
ばたんと、扉を閉めてヒナさんは行ってしまった。
暫らくベッドで横になっていたわたしは、ふと、昨日のことを思い出そうと奮闘していた。
「思い出せない……何かの音を聞いて、屋上に行った筈なんだけど……」
何も思い出せないまま、わたしは再び眠りに就いた。
『リン……お前の体は、私のモノだ』
そんな台詞を……聞いたような気がした――。
◇
大太刀を奪われた。
しくじったわ。まさかあんなヤツが居るなんて……。
濡れた唇を拭い、路地裏で倒れこんだ。
「なんて……無様――」
発火の超能力が暴走している。
このままだと、私、渡辺明日香の体を内側から焼き尽くすことになる。
二の腕のところにある聖痕がうずく。死に近づいている私を現実に留めようと力を発揮している。
だと云うのに、枯渇した魔力と、生命は暴走を続け……既に足の辺りからは焦げ臭い臭いがしてきている。
「ここで……死ぬのね――アリスにもなれずに……」
ごめんね……かい、と、さま。
「死にたくないか? 女」
誰?
「死にたくないかと聞いている」
……死にたくない。
「……いいだろう。但し条件付だ」
何?
「オマエが差し出すのは、唯一つ……」
その差し出すものを聞いて、私は頷いた。
体の中で暴走していた炎は消え、魔力も戻った。
それが数時間なら頷ける。だが、目の前の男は、それを数秒で遣って退けた。
しかし、意識が途切れるのは免れない。霞みいく意識の中、
「貴方……何モノ?」
そう聞いた。
「上川強気――『魔法使い』なんぞをやっている……」
男は、少年の声で、そうつまらなさそうに、言った。
◇
キレイはキタナイ、キタナイはキレイ――
知らない調べを歌いましょう。
貴方の生気を喰らいましょう。
残した残像、矛盾でしょ。
魔法使いはダァレ?
* A L I C E *
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