朝の安息。夜の激闘。
昼の笑顔。夜の悲劇。
夜の遭遇。夜明けの決着。
覚悟は出来ている。少女は戦う。
ハスミさんに捧げる『美少女翻弄学園伝奇SFファンタジー』小説、ACT 20です。
結局、リンが目を覚ますことは無かった。幸いと云うのでしょうか、それとも不幸と云うのでしょうか。お陰で午後からはリンをカレンさんが背負ったまま、新幹線に乗って、雪見町に戻ることになった。
わたくしの家と雪見町はかなりの距離がある。故に、新幹線に揺られること三時間、漸く雪見町に辿り着くことが出来た。……それにしても林檎と佐々木は一体どうやってわたくし達を運んだのかしら……不思議だわ。
兎にも角にも、やることは山ずみで、何とか五時までには聖マリア学院の寮に、エルダー達に見つからずに戻ることが出来た。勿論、エルダー・サキには事情を説明し、あの女性との戦闘の痕を見せてもらった。
「……酷いものですわね」
わたくしがその惨状を呟くと、エルダー・サキは頷いて、
「一応、老朽化した校舎が、此度の崩壊に乗じて崩れたと報告しておきました。『庭園』の方からも、執行人が派遣されるそうです」
そう事実を述べた。
わたくしは、執行人、と呟いた後に、その場を後にした。
寮ではまだリンが寝ている。
現在の時刻は九時を回った辺り。一応エルダー・サキと話をしたと云う事は全エルダーに伝えられていたみたいね、途中で他のエルダーたちとすれ違っても、何も言われなかった。
部屋に入ると、案の定、リンはまだ寝ていた。
徐に顔を近づける。
「……」
……何やっているんでしょうね、わたくしは。
顔を遠ざけ、そして今日は早めに寝ることにする。こんなとき、夜遅くまで起きていても、良いことなんて無いもの。
リンが寝ているのを良いことに、わたくしはその場で服を脱ぎ、シャワーを浴びた。……こんなにだらしなくして、今日はわたくしがわたくしでないようですわ。でも、疲れているのよ、今日と明日ぐらい、休ませて欲しいものね。
シャワーを浴び終えて、わたくしは軽い夕食を摂り、歯を磨き、リンの寝ているベッドの横で、横になった。
「寒いわね」
二月の空気はまだ、冷たかった。
Interlude......
屋上のコンクリートが砕け散った。
上川の強襲は早い、そして正確であり、望の神経を更に尖らせる。勿論、最初から尖らせていないわけではなかったが、望が聞いていた上川と云う人物の『戦略』はもう少し控えめなものだったからである。
――無論、誰も知る余地は無いが、上川と云う人物は、戦闘方法を無数に持っている人物であり、一回一回、同じ戦術だとは限らないのである――
魔術を展開し、望は上川に打ち付ける。
刹那、轟、と音をたてて炎が虚空より呼び出され、上川の身を焼き尽くす、筈であった。
「――!」
しかし、その炎を掻い潜り、涼しい顔で上川は姿を現した。傷など――ない。
一振りの剣、何処より取り出したその剣を上川は振りかざし、もう一振り、虚空より作り出し、右足で柄を蹴り、望に飛ばす。
「……一つ、二つ――破壊を齎す魔力の弾丸を具現――」
簡略な呪文を展開、打ちつけ、望の腕から黒色の弾丸が飛び出す。
金属音をたてて、蹴り上げた剣は墜落し、まるで最初からそうだったかの様に、砂のように因子化され、消えた。
だが、それだけで望の魔術は止まらない。続け様に弾丸を撃ち続け、一旦下がり、呪文を呟く。
「……構成。対象、魔力。作り出すは二つの呪縛。制約の導に従い、この世に具現せよ――」
金属音が響く。
構成魔術は人の扱える魔術では無い。寧ろ、もし一流の魔術師であるのなら、構成魔術には手を出さず、自らが知る限界を考慮した、たった一つ、磨き上げた魔術をこの場では使用するであろう。
いや、望は解っているのである。目の前の敵は、全力を出したところで敵う相手ではない、と。
自らよりも低い魔術を扱う者こそが、『仕い』である魔術師である。だが、自らよりも上の存在を持っているランクの魔術を行使することは不可能であり、仮に出来たとしても、その魔術師を確実に死に至らす報いを受けるであろう。
具現された鎖は、魔力をおびたものである。真っ直ぐに、上川を狙った。
だが、金属音と共に、その鎖は消え失せることになる。
「――礼装……」
その上川の両手に握られた双剣の前に、鎖は消え去ったのである。
――礼装、『干将・莫耶』……中国の錬鉄師が作り出したと云う人の手によって創られた、尤も礼装に近い礼装……。その亀裂模様の入った剣が干将であり、水破模様の入った剣が莫耶である。どちらも、人と云うものから創られた剣であり、魔力除けこそは無いものの、霊に関しての能力は礼装レベルである――
風を切る双剣は、望が作りうるであろう、全てのものを悉く凌駕した。
一撃、二撃……数を追うごとに、望の魔力は底へと近付いていく。
体勢を立て直すために下がる。足になけなしの魔力を注ぎ、空中で一回転するような形で、後ろへと下がった。
Interlude END
朝。
目が覚めた。
「……あ」
隣にはヒナさんが眠っていた。ううん。昨日の夜、夕食を作り始めた後からの記憶が無いような……いや、あるような……
兎に角、時計を見ようと思って、わたしは時計を手に取る。
「――あれ? 壊れているのかな?」
そこには、わたしが眠った筈の夜から、二日も立っている表記があった。……おかしいな、そうなると、わたし一日丸々寝ていたことになるけど……まさかね、多分この時計が狂っちゃったんだ、後で治しておこう。まぁ、わたし、機械には強くないけどね。
寝ているヒナさんには悪いけど、少しテレビを付けることにした。勿論、ボリュームは絞って……
『――今日のニュースです……』
えーと、何の冗談かな……? やっぱり、時計は壊れていないみたい……ってことはわたし、一日中寝てた? 学校が無かったのは幸いだけど、一日寝ていたんだ、わたし。疲れでもたまっているのかな?
取り敢えず、時は返って来ないので、わたしは朝食を作ることにした。冷蔵庫の中には、卵と冷凍室にトースト。ウインナーもある。後はこの前の残りのサラダがあるから……じゃ、トマトを切って。――そういえばエルダー・トマスって、偶にエルダー・トマトって言いそうになります。
テレビはつけたままで、フライパンにウインナーを投下。ウインナーから出る油で炒めます。で、ウインナーが出来たらお皿において、後で冷蔵庫からケチャップかマスタードをだして……。で、ウインナーの油で、そのまま卵を割って目玉焼き。わたしは完熟好き。そういえば、ヒナさんは去年の夏にヒナさんの家に行った時に半熟好きだって、佐々木さんが言ってたような……
兎に角、二人分の食事は完成しました。
「ヒナさーん、朝ごはんですよ……て」
何でか知らないけど、ヒナさんと一緒に由香とカレンさんまで居た。
「おはよーリン」
「おはよう御座います」
「……朝食は二人分しかありませんけど……」
トレイに乗せた食事を見せながらわたしは言う。
「えー! 私それ楽しみにしてたのにー!」
由香が叫ぶ。いや、自分で作って、としか言えないんだけど……
「だって冷蔵庫空っぽだし」
「買出しに行けば良いじゃない!」
「面倒だし」
「空腹とどっちが大切!?」
由香は笑って流した。
もう、兎に角、これはわたしとヒナさんの分です!
「はーい」
由香は残念そうな顔をしてテレビに視線を向けた。カレンさんは先ほどからずっと正座している。
「あの、カレンさん、正座、何時までもやっていると疲れるから崩していいですよ」
「あ、お気遣いなく。私、此方の方がなれているんです」
むぅ、じゃあせめて座布団を……
わたしは立ち上がって座布団を取って、カレンさんに渡す。
「有り難う御座います」
「いえ」
わたしはそう返すと、いい加減にトレイの食事を置こうかと思って、ヒナさんの前に食事を置く。
「ありがとう」
「はい。すみません、こんなものしかなくて……」
「いいえ、うれしいわ」
笑顔で返してきてくれるヒナさん。わたしも笑顔で返す。
食事が始まった。
◇
「……で? 今日は如何するわけ? 一日中リンの部屋ってワケじゃないでしょうね?」
廊下に呼び出されたわたくしは、由香さんにそう言われる。
「無論、そんな事はしないわ」
わたくしの回答に、由香さんはへぇ、と反応する。
「で? 具体的には如何するわけ? まさか、凛を連れて街に出るとかじゃないでしょうね?」
「あら、そのとおりよ? 良く解ったわね」
……暫し、わたくしと由香さんの間に沈黙が走った。
その沈黙を破ったのはわたくし。
「リン、と一緒にね」
由香さんの顔がさぁっと青くなるのを感じる。
「はぁっ!? 正気!? 何時あの女が襲ってくるか解らないのよ!? なのに、よりにもよってリンを連れて行くですってぇ!?」
声が大きいですわ!
「ちょっと、由香さん……」
「ふざけんじゃないわよ! 今直ぐにでも貴女を消して、リンは私が護ったほうが良いかしら!!」
由香さんの怒りは最高潮だったようで、由香さんへの言葉は全く通じない。
「わたくしだって、何の策も無しにそんな事をしているわけでもなくってよ。それに、危険だってことはわたくしだって重々承知しているわ」
落ち着きを取り戻した由香さんが、
「じゃあ、なんで?」
と静かに聞く。
「……リンには、学校での出来事を隠しておきたいし、耀子のことも隠しておきたいの。リンには、何時までもリンでいて欲しいの――こんな、わたくし達みたいに、汚れた世界を識らせるわけには行かないの……」
「……それとこれとがどう関係が?」
「……何も無いわ。只、日常と云うシステムを組み込むことで、バランスを正すだけ。簡単に言えば、何も変わらないと言うことを、外出することで抱かせる心理学みたいなものよ」
その言葉を聞いて納得してくれたのか、それともまだ納得いかないのかは解らないけれども、由香さんはわたくしにこういった。
「ねぇ、それは私が行った方が良い?」
わたくしは肯いた。
「出来れば、一番交友が深い中の方が良いですし、無理にとは言いませんが、是非わたくし的には由香さんを推薦したいのですけれども……」
そう言うと、由香さんは、
「悔しいけどさ……生徒会長サマ……ううん、ヒナさんの方が、リンは懐いていると思うよ。
だからさ、私じゃなくて、自分を選びなさいよ」
そう言った。
「……それに、何かあったら凛の人格に変更させれば良いし、あの女がしとめ損ねたと思ったんなら、聖痕で敵を辿るだろうからリンに異常があるはず。一応、あの女は本当に正式な『永遠の論舞曲』の参加者かどうかも解らないわけだし、聖痕の加護が無いかもしれない。
それに、私もちょっと調べたい事があるから……」
調べたいものが気になったけど、わたくしはそれを無視することにした。
兎に角、もう少ししたらリンとお出掛けをしましょう。
Interlude......
月夜に踊る二つの陰。
望と上川。両者の戦闘は既に三〇分以上続いている。望には疲れの色が見えるが、上川は涼しい顔をしている。
「――ぅ」
魔力は早くも暴走を始めている。当然だ。望は自らがなしえない魔術を行使した、代償は自らの身体に跳ね返ってくる。
そもそも、人間には魔力を通す回路が存在しない。それは魔術師にも云えることである。つまり、魔力を通すためには、血を運搬する血管に通すしか無いのである。無論、異物を流されるのであるのだから、脳から体への命令は一つ、『血の運搬停止』である。それによって酸素の流れを絶たれる心臓と、脳には多大な負荷が掛かる。主に、身体面なので、脳より心臓の方が重い。
つまり、自らを超える魔術を行使すると云う事は、その身体への負荷を、身体の限界値異常まで上げると云う事である。まさに、自殺行為といえる。
それでも、望は魔術の呪文を止めることは無い。
「……存在。二つの空を作りし、空に当てはまる存在を、肯定、火炎――」
発火。音をたてて炎が存在定義を付加され、現界する。
その炎に、先ほどと同じく鎖を構成、魔力を付加させ、炎をコネクション。
「――因果。曲がれ、上下右左。ランダム――」
更に付加。これにて呪文を三つ連結している。
接続連結――それが今望が行なっている魔術である。
禁忌に尤も近いといわれる魔術。それはありえない存在を定義し、存在させ、連結させる。世界からの修正に耐え、そして存在させ続ける。接続魔術と違い、世界を経由していないために、魔力を常に回さなくてはならないと云う自殺行為――
そして、完成した魔術は、上川を襲う。
「――そうか、それが限界か……惜しいな。
では見せてやろう。本当の接続連結と云うヤツをな――」
そう呟いて、上川は呪文を唱え始めた。
Interlude END
わたくしが誘ったら、リンは快く頷いてくれた。
「うわぁ、わたし、ヒナさんと出かけるのは冬休み以来です」
「そうでしたかしら?」
「はい、あれは確かクリスマスのときでしたね」
「ああ」
わたくしはつい三ヶ月前ほどの記憶を呼び覚ます。……本当に、あの頃が懐かしいわ。戦いなんて何一つない、平和な世界が。
当時のわたくしにはそんな事は無くて、早く戦いが始まって欲しかったのかしらね。今では解らないけれども、わたくしは確かに、リンと会ってからは変わって来ている様ね。
兎に角、遊ぶからには楽しみましょう、と云う事になり、わたくし達は先ず近くの服屋に入った。
「これはどうでしょうか?」
リンは試着室のカーテンを開けて、出てきた。白いワンピースを着た姿が露になる。……確かに可愛いけど、それは夏物では無いのかしら……?
「今安いんです。また今年にヒナさんのお家に行くんですから!」
……そうね。そんな日が、来るといいわね。
リンの手の平にちらりと見えた、聖痕が、わたくしの胸を締め付ける。……なんであんなものがあるのかしら――
再びカーテンを閉めたリン。そしてまた出てきたときには今度は、黒主体のゴシック・ファッションで出てきた。
「……黒はリンのイメージでは無いとわたくしは思うのですけれども……」
「そうですか? 結構黒は好きですけど……あ、勿論、そんな怖い人が好きってワケでは無いんですけど……!」
慌てふためくリン。ふふ、可愛いわね。
「さて、じゃあ、わたくしも試着してみようかしら……」
えーと。
「あの、申し訳ないんですけれども、わたくしにあった服を選んでいただくとありがたいんですけれども……」
目の前にはわたくしと同じくらいの少女の店員さんがいて、この人なら大丈夫と思って話しかけてみたけど……
だいぶこの辺りから雲行きが怪しくなってきた……
「どうぞ!」
おお、とその店員さんとリンがどよめく。行きかう人も足を止めてわたくしを見る。……えーと、何かしら、この服は?
「羽がポイントなんですね!」
リンが興奮したような口調で横の人に言う。……店員さんの名前は、ネームプレートに『赤城愛美』と描いてあるのだけれども……この人に任せて、わたくし正解だったのかしら? 先ほどから変なコスプレ? の様な格好をさせられているんだけれども。――リンはこういうのは解らないだろうし……
「なんか、面白いお店でしたね」
「……わたくしは服を着せられていただけよ。お人形さんの気分だっわ」
昼食を取るために、わたくし達は『WONDER ROND』に来ていた。本当に、この店は何でもあるわね。
「次は何処に行きます?」
「そうね……リン、貴女が決めてもよくってよ」
「え、本当ですか!」
ええ、とわたくしは頷く。先程の服屋はわたくしが行きたかったから行ったのだから、今度はリンが選ぶべきよね。わたくしはあの店には少しもう行きたくないわね……
リンのまともな回答をわたくしは期待した。
「わたし、カラオケって行ったことが無いんです!」
……カラオケ……ね。
「わたくしも行ったことはなくってよ。丁度良いわね」
「そうなんですか?」
「ええ。わたくしも行って見たいと思ったんですけど」
まぁ、魔術師の家系と云うものは色々と面倒ですのよ。気高さや、魔術師としての修行もありましたし、知識として知っていても、わたくしも行った事は無かったのですよね。
それよりも、リンは由香さん達と行った事は無いんですか?
「いえ、由香はそう云うの、もう好きじゃないそうです。中学生の頃は、わたしと行った事あるっていってましたけど……」
……そう。由香さんにも色々とあるのね……
わたくしとリンは、昼食を食べた後に、店を後にした。
Interlude......
吐血した。
「……っはぁ! はぁ――!」
失敗した口笛のように、かすんだ息が漏れる。
望は既に体力の限界であった。逃げるように、ビルの階段を下りる。歩くたびに、血の跡が後ろを付いてくる。
上川は追ってこない。屋上で接続連結を見せ付けられたあと、望は直ぐにこの様に階段を下りてきたが、上川は屋上で立ったままであった。魔術の反動か……それとも意図的か……どちらにしろ、望には関係なかった。今は死ぬわけには行かない。
痛い。だが痛い。聖痕が痛い。
「……ぁ」
ビルから出た。
しかし、無情にも、その人物は望の目の前に現れた。
「こんにちは、那古望さん――」
胸に聖痕を持つ、女が――
Interlude END
……少しはしゃぎすぎたかしら?
カラオケから出てきたわたくし達は疲れ果てていた。
「……そろそろ帰りましょうか? リン」
「はい……。あ、その前に、最後、行っておきたいところがあるんですけど……あ、直ぐに終りますから」
? リンが行って見たいところ……?
そこは――商店街の外れ。アーチが遠くに見えるほど……
「此処は――」
「わたしが、記憶を失って初めて目覚めた場所です」
一本、大きな木があって、それ以外は殆ど何も無い。ただ、向こう側に公園が見えるだけ。……この辺りって、あの『魔女』の屋敷があったはずよね……
「でもどうして此処に?」
わたくしは問う。
「何ででしょうか――? 突然、この場所に来たいと思いました……まるで、何かを思い出せるかのように……」
リンは木に触れた。
周りは人気が無い。もう時刻は五時を回った。本来なら、もう門限の時間だけど……何故でしょう、わたくしはその光景を眺めていたいと――
気付けば、時刻はもう、七時半を回ろうとしていた。
わたくしも、よく飽きないわね。考えてみれば、わたくしはリンの何処に惹かれたのかしら……
「……藤咲ヒナ……」
――! リン?
「貴女が藤咲ヒナ――ワタシの……」
目が……赤い。
まるで赤い血……殺戮を繰り返したあとの、悪魔の様な目で、リンはわたくしを直視している。……恐怖と、悪寒がした。
それを、何処かで見たことあると、わたくしはどうして思ったのかしら……
だけど、瞬きをしたら、直ぐに何時もの黒目に戻った。
「どうしたんですか? ヒナさん」
きょとんとした顔で、リンはわたくしを見た。
「それより、今何時ですか?」
「……七時半を回ろうとしているわ」
「ええ! そんなですか!? わたし、木に触れただけなのに! 最近は時が経つが早いですね!」
何処のお年寄りですか、リンは。
それより、触れただけって……
あの時、確実にリンは意識があった。木に触れているときも、ずっと意識があった。なのに、リンはまるで凛に変わっていたかの様に記憶が無い。――そして、さっきの感じは、凛ではなかった。
では――誰?
「兎に角、帰りましょう! ううう、エルダー達に怒られてしまいます!」
走り出すリン。考えても無駄ね、取り敢えずわたくしも走ることにした。
そろそろ聖マリア学院に辿り着こうとしたところで――
「きゃっ!」
リンの悲鳴が響いた。
「リン――!?」
急いで、リンの元に駆け寄る。
と、そこには……
血だらけの望さんの体を抱えている、あの女性が……道端に立っていた……
「――こんばんは。
今宵も、月が綺麗ですね――」
満月を背に、女性は……笑った――
それが、綺麗で奇麗で、キレイだった……
* A L I C E *
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