「私(オレ)には……助けることが出来なかった。
せめて、君の手で幸せにしてやってくれ……」
ハスミさんに捧げる『美少女翻弄学園伝奇SFファンタジー』小説、ACT 14
ヤツの生涯は褒められるものではなかった。
たった一人愛した人間を守るために生涯を掛けた。
それは罪なことではない。人が大切な人を護ろうとする行動は悪ではない。
ヤツは少女の幸せに生涯の全てを捧げた。そして、少女もまた、ヤツに応えてくれた。
只幸せに暮らせれば良い……それがヤツの夢であった。
だがしかし、争いが始まると、それは二人を引き裂いた。
唯一護ろうと思ったものの為に戦った。
人を殺し、殺し殺し、何人殺したか解らなくなった。それほどヤツは人を殺めた。
それでも何時かは、きっと何時かは、と、その様な考えに踊らされ、ヤツは戦い続けた。
――だが、そんなヤツに訪れたのは……悲惨な運命だった――
◇
「ヲヲヲヲヲヲヲォォォォォォォォォォ―――――ン――!!」
その叫び声が耳を、そして体を恐怖で震わせる。
耀子が呼び出したサイクロプスは、わたくし達を追って、その巨体に似合わず、身軽な動きで追ってくる。
リンはわたくしの腕が抱えて居る。そしてわたくしの体はランスロットが抱えている。つまり、ランスロットは二人分の人間を運んでいることになる。
廊下に響く足音、そして轟音。
「あははははははッ!! 逃げても無駄よ! サイクロプスからは逃げられない!!」
耀子の言葉が飛ぶ。捕まってたまるものですか。そんな事をしたら、リンは……
走るランスロットは流石の連戦続きで疲労が溜まっているのか、偶に荒い息が漏れ、頬にはキラリと一筋の汗が流れている。無理も無いと言えばそうなのだけど……
「――ランスロット?」
わたくしが言葉を掛けると、
「黙っていろ、舌を噛むぞ!」
と返し、
ぶわり、と風が強くなった。
嘘、まだ速くなるの……?
その速度はもう尋常じゃない。舌を噛むぞ、と云うランスロットの言葉は嘘じゃないみたい。この速度、普通の人間でも、魔術師でも無理。先ず、身体の限界がついていかない筈……
兎にも角にも、考えるのは後にして、ランスロットに指示を与えることにした。このままだと逃げ回っているだけ。学校のあちらこちらも、サイクロプスの一撃一撃が強力すぎて壁や、床が崩れて行く。……これ、証拠隠滅するのは誰かしらね……
「ランスロット……一先ず二階に下りて、其処で由香さん達と合流しましょう」
御意、と応えるランスロット。
後ろからはまるで嵐の如く遅い来るサイクロプスと耀子……小回りなら此方のほうが利く。
一気に階段を駆け下り、二階まで下がる。
二階は文系教室である。確かリン達は文系だったわね。
がらり、と一つずつ扉を開けていく、と、その部屋に広がっているのは何処も同じ。皆、床や机に伏している地獄絵図が広がっていた。
「――っ」
目をそらしながらも、何とか由香さん達を探す。
只、今気がかりなのは、耀子のあの時の台詞――
『……藤咲の魔力パターン以外はこの多重結界で動けない筈なのに――!』
この台詞。
本来、これはありえない。確かに魔術師一人一人の持つ魔力には固有の色があって、それは全ての魔術師に共通しているモノでは無く、一人一人、完全に違った色をしている。それを判別して、特定の人間以外を対象とした魔術を、現在の状況下だと結界効力だけど……それを及ぼす強力な制約なんで大魔術師でも無理。
出来るとしたら――それは最早、神だ。
そんな心配をしつつ、七つ目の部屋の扉を開ける、と、
其処に、周りと同じ様に、床に伏している由香さんの姿があった。
「由香さん!!」
ランスロットの腕から下り、リンを抱えたまま、わたくしは由香さんの元へと寄る。
「ぁ ―― 生徒、会、長」
由香は見るも無残、この結界の効力により魔力を抜かれている。残った少ない魔力で、この魔術に対抗しているけど、もう風前の灯……
周りを見ると、望さんとカレンさんも同じ様に伏していた。恐らく、魔力が尽きたのでしょうね。
わたくしが其方を眺めている時、
「かいち、ょ、う」
必死に声を出す由香さんが、
「リン、は――?」
そう、言った。
自分が死ぬかもしれない境地に立たされて尚、由香さんはリンを心配している。……。
「……大丈夫よ。この子、無意識の内にプロテクトしてるわ。勿論、余り放っておくと、あなた達みたいに成るけど……」
まぁ、恐らく凛の方が抵抗しているのでしょうね。この子には無意識に魔術をプロテクトするほど魔術を知っているわけでもないし、第一、この子には一生そうであって貰いたい。
わたくしの言葉に安心したのか、由香さんは周りの生徒達と同じ様に、がくりと床に伏せる。
……事態は深刻ね。学院内に居る魔術師は、知る限り、わたくしと耀子、そして居場所の知れない斉藤カヲリさん以外は全滅。放っておけば生徒達全員が死ぬでしょうね。そんな最悪の事態だけは避けたい。
でも、本来『永遠の論舞曲』の事を考えれば、この目の前に居る由香さん達を殺して、逃げてしまえば良い。生徒達を数人犠牲して、わたくしだけ逃げてしまえばそれで事は解決する。わたくしだけが生き残って、この戦いに参加している魔術師の三人は確実に始末できる。これほど正確な方法は無い。
――だけど、それは出来ない……
いえ、出来なくなったの――
リンと出会ったあの時から、わたくしの冷徹な心は閉ざされている。冷たい心は……もう無いの……
常に完璧である故に必要な冷徹さはもうわたくしには必要ない。いえ、捨てなければ、わたくしがリンの横を歩く事は出来なくなる。
「ヒナ」
ランスロットの言葉が響く。
ええ、解っているわ。何時までもこの場所に居るわけには行かない。わたくしが此処にいれば、耀子はいずれわたくしに追いつく。そしてその時、彼女はサイクロプスを行使して、この場に居る魔術師を殺すでしょうね。自らの勝利と願いの為に……
それを成就させるわけには行かない――何より、わたくしが今この場に居る由香さん達……いえ、生徒達全てを救うのなら、アレを何とかしないといけない。
ずずん。
揺れた!?
まさか……
ずずん、ずずずずずず、ガゴッ!
再びの振動――あの子、天上を突き破って来ている!?
ならば、この場に現れるのは時間の問題と云うわけになる。先まではサイクロプスの巨体の為にこの聖マリア学院の階段を下りるのにも、壁や手すりを破壊して下りる必要があった。それによって何とか今みたいに逃げ切ることが出来たけど……もう限界の様ね……
ずずずず。
もう、時間が無い。わたくしは決断しないといけない。
取り敢えず、わたくし達は廊下に出る事にした。此処ならたとえサイクロプスが落ちてきても、教室に入らない限りわたくしだけを標的にするでしょう。
揺れは激しくなる。今現在、耀子は三階に居るのでしょうね。此処は二階、あと数回響けば、天井は崩れる。そうなれば、嫌でも戦う事になる。
サイクロプスが召喚され、今でもあの様な出鱈目な魔力を振り回しているのも、この結界で吸い取っている魔力でしょうね。数個の魔術円で出来ているこの結界……数個は召喚する際に現在行使中の筈――なら、一つ、基盤となる魔術円を壊せば、この結界は崩れる。サイクロプスは消滅して、結界も消えて皆を救うことが可能になる。
でも、その破壊の間に、サイクロプスに襲われたら、魔術師であり、人間であるわたくしは直ぐにでも、まるで木の葉の様に吹っ飛ばされてしまうでしょうね。
どうする……?
そんな考えをしている内に、はかったかのように丁度目の前の天上が崩れて――耀子とサイクロプスが姿を現した。
「――見つけた」
「グォォヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲォォォォォォォォォォォォ――――!!!!」
だん、と音をたてて地面に立つサイクロプスと耀子……もう、戻れない。
彼女達と戦えば、確実にわたくしは死ぬでしょうね。ランスロットはどうだか解らないけど……わたくしは確実に殺されてしまうでしょう。
でも――それは出来ない。
確かに、勝てる戦いではない。それでも死ぬわけには行かない。リンを護るために――リンを抱えた手に力を込める――この学院の生徒達を救うために……もう、“誰もわたくしに関わることで不幸にしない”ために……
「その通りだ、マスター……いや、ヒナ」
突然、そう呟きランスロットがわたくしよりも一歩前に出る。
その手には、先ほど使ったフルンティングとか云う剣と、アロンダイトの二本。
「この場は私が引き受けた」
「……え?」
今、貴方なんて……
「この場は引き受けた。お前は結界の基盤を壊せ」
じゃきり、と、剣と剣をあわせ。
「護るんだろう? 大切な人を……」
は、とした。
ランスロットは、囮になろうと云うのである。あの出鱈目な巨体を持つサイクロプスを引きつけるから、お前は結界を破壊しろ――ランスロットはそう言っているのである。
ランスロットは、もう一歩前に出る。
「私が相手だ……木偶の棒」
そう言い放つランスロット。
その背中を目に焼きつけ……わたくしは走り去ろうとする。
「ヒナ」
その寸前、ランスロットが呼んだ。
「一度手を繋いだのなら……もう放すな――」
そう言った。
それは、わたくしが今まで聞いたどの言葉よりも……………重かった。
走り去るわたくし。抱えるリンはまるで羽根のように軽い。ええ、走れる。
わたくしは走る……その背中に、
「達者でな――“リン”」
まるで、知っている人を呼ぶかの様に、そう言った。
◇
「あっははははははははははは―――っ!!
正気!? アンタ一人で私のサイクロプスを止めようって云うの!? 最高!! 傑作!!」
高らかに笑う少女、山上耀子。
それを、冷ややかな目で見つめるランスロット。
刹那、有無も云わず戦闘開始――手始めに、先ほどのようにフルンティングを投げつける。
元来、西洋の剣は、槍の様に先端が尖っているのが普通であった。が、時代の変化により剣は刃を搭載し、斬ると云う線の動作へと変更された。点の動作である槍の方が比較的視難いと云うのに。
しかし、西洋の剣はそれをも考慮したのか、西洋の剣は比較的に尖っているために、線の攻撃をする刃と、点の攻撃をする突きが両方出来ると云う進化を遂げたのである。
故に、その剣は点の攻撃となりて、強大な魔力を纏い、一直線にサイクロプスへと……直撃した。
刹那、轟音。
“やったか――?”
今ほどの魔力質量の礼装を当てられた者は大半が即死である。小さな期待を胸に、煙が晴れるのを待つ。
――が、
「!」
其処には、傷一つ無いサイクロプスの姿があった。
「化け物が」
憎悪を多少込めた呟き。
果たして、サイクロプスは無傷であった。傷一つ無い。全くもって綺麗な状態であった。
「ヲヲヲヲヲヲォォォォォォォオオオオオオオオオ!!!!!」
油断していたランスロットは、遅い来るサイクロプスの一撃に反応しきれず、その一撃を受け入れてしまった。
異音。それはランスロットの左腕が折れた音であった。
そのまま吹っ飛ばされたランスロットは、講堂の壁を突き破り、一気に礼拝堂へ飛ばされる。
「――っぐ!」
肺の奥から漏れる吐息と苦痛の言葉。腹の奥から湧き上がる嘔吐感覚……血が混ざった唾は、礼拝堂に音をたてて垂れた。
“ぐ……何本いった――!?”
魔力を通し、身体の異常を調べる。
左腕の骨、そして肋骨が三本。右目の下辺りの骨が陥没……重症である。内部の臓器が破裂しなかっただけ軽症ではあるが、常人ならば、意識を保っていられまい。
体を起こす。
眼前には、何時の間に追いついてきたのか、サイクロプスの姿。
「■■■■■■■■――――ッ!!!」
舌打ちをし、激痛に襲われる体に鞭を打ち、跳ぶ。
間一髪。サイクロプスの一撃はランスロットのコートを直撃し、裾を破く。
「――」
右手を差し出し、
「引き出せ我剣」
刹那の内に右手にはアロンダイトに変わり、短剣が現れる。
骨子 破壊 再構成 強化 三倍。 全て 此の世
「Substance, destruction, re-composition, strengthening, and three times. Everything is
悉く を 凌駕しつくす
surpassed and it is done that it attaches――」
右手に残り少ない魔力を通し、短剣の刀身を破壊、そして再び構成し、強化。魔力のみで構成された剣が生まれる。
それは、先の短剣の優に三倍はあった。
「――剣我腕、是絶影剣」
それを呟き、一気に開放。剣に纏いし魔力を膨張させ、
振り下ろす。
快音が響いた。
「――ち」
右手には、無残にも柄の部分から折れている短剣の姿。
「成る程、確かに出鱈目な体をしている」
そう呟くランスロット。既に、右腕も折れる寸前であった。
「これで解ったでしょ? アンタは弱くて、誰も護れないの」
耀子の言葉が飛ぶ。
「ああ、確かにそうさ。私は誰一人助けることは出来なかった」
余りにも直ぐに肯定したランスロットに、耀子は眉を顰める。
「……一人の少女を護ると決めた。その為に身体の構造を変えてまで戦い抜いた。だと言うのに……」
まるで汚らわしい物を見るように、自らの体を眺めるランスロット。
「……そんな事は知らないわ。いい加減に――」
死になさい、と。
ランスロットの体が再び浮遊した。
今までの人生、ロクな事ではなかった。思い返すランスロットの目には涙が見えたかの様に、耀子は見えた。
サイクロプスの攻撃を受けつつも、手に持ったアロンダイトで応戦する。しかし、サイクロプスにその様なものは通用しない。只快音が響き、吹っ飛ばされる。
「サイクロプス! 殺しちゃいなさい!!」
そんな殺戮宣言を受けて尚、ランスロットは行き続ける。
既に……体を纏っていた服などは切り裂かれ、所々からその鍛え上げられた肉体が――
「――え?」
耀子の言葉が詰まる。
サイクロプスの攻撃も止まった。
「……どうした? 殺さないのか?」
ランスロットは立ち上がる。既に臓器の幾つかが破裂している。生命活動も既に風前の灯。直ぐにでも死ぬであろう。
それでも立ち上がったランスロットに驚愕を覚えたわけではない。
「アナタ……何者、なの……」
ふ、と笑う。
「だって……こんなの、ありえない……」
「だろうな」
右腕を、突き出す。
その手に刻まれた、聖痕――
「アナタ、何者――」
光る聖痕、そしてランスロットは後ろへと下がる。
「だって……『永遠の論舞曲』は少女にしか参加できないはずよ! なのに……」
少し微笑し、ランスロットは頷いた。
そして、その聖痕が刻まれた右手を床に置き――
――歓喜は我と共にあり――
そう呟いた。
「まさか……聖歌!」
それは、ゴルディアン・コフィンを降臨させるためだけに存在する恩恵。この様な場所で使用するものではない。
――正義は我の為に、悪は我の為に――
「アナタ……何? 聖痕に、礼装、そして聖歌……全てを持っている――」
「何者でもない。私は、只此処にあるだけの存在、それ以上でも以下でもない」
――具現は全て此処に……『■■』の血を引き継ぐ、我が命じる――
その名を聞いた耀子は驚愕した。
「そ、んな……なんで!!! 何で!!!!!」
その叫びに、目を瞑る。
「“耀子”よ、何時かオマエを解き放つ人間が現れる。
それは、決して“彼女”ではない……それを忘れるな――」
――『平行結界』――
刹那、セカイがクリアになった。
浄土のセカイ。それは誰しもが心に描く畏怖の対象……
その名を『白銀の地平線』――ランスロットが最後に辿り着いた、最悪の答えと現実――
「――あぁ、このセカイは……嫌になる――」
◇
走りついた先は、学校の第二機械室。
地下にある機械室で、主にボイラー等が設置されていて、学校の電力や、お風呂の水を沸かすために役立っている。
其処に、魔術円はあった。
「……これね……うっ」
頭が先ほどから痛い。
どうやら、耀子が魔術を暴走させているみたいね……わたくしには通用しないと云う概念が働かなくなって来ているのね……
よろよろと、リンを抱えたまま、わたくしは魔術円に辿り着いた。
……駄目、魔力が……無い。
「此処まで、来て――」
脱落するのか? リンも、護れないまま、ランスロットの囮を無駄にして……
「リン……最後に――アナタに……」
――あぁ、ソレを云うのは、この全てが終ってからにしてやれ――
………………………なんで?
魔術円を破壊していないのに、魔術円が勝手に消えていく……?
そして、あの声は……
『……放すな、その手を――』
そんな言葉を聞きながら思った。
「ランスロット……貴方――」
彼は、もう居ないのだと。
そして、耀子もまた――
此処に、暴力者との戦いは、大きすぎる犠牲を払って、終結した。
* A L I C E *
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